★第16話 夢妖精の溜息
話は少し前に遡ります。
『……ー、も・も・しーーーーえるーーナティー居まーーー?』
身につけているお揃いの愛の指輪から声が聞こえる……。
目の前に居る外敵が放つ黒い球を回転しながら回避する。
『あ―、―ないのかな?……い、ル……ィ・、妖―ザザ―優斗―ザザザ――たよー?』
「ああーーごめんねー愛しの優斗ー実はちょっと今立てこんでるのよーそれと、しばらく使役しようとしてもそっち行けないからーまたね、一旦切るわね」
そういうと女妖精―ルナティは一旦通信を切った。それとほぼ同時に、目の前の外敵が黒い触手のようなものを伸ばして攻撃してくる。鞭で触手を払いつつ、本体へ攻撃を加える。
「もうーー! 優斗からのせっかくのラブコールなのに! どうしてくれるの! 愛の一閃! 夢妖精の鞭!」
目の前の黒い霧が固まったような化物が共鳴音のような悲鳴とも取れるカナキリ声をあげ、その瞬間消滅する。本体には剣などの武器が通らないような相手に見えたが、ルナティの一撃は精神体そのものにダメージを与える攻撃だったようだ。
「はぁー、だいたい、私は戦闘向けの妖精じゃないのよね。せっかく優斗が妖精界に戻って来たというのに、これじゃあ会いにいけないじゃないのよー」
溜息をつきながらルナティは呟く。夢見の回廊の道なき道を足場から足場へふわっふわっと飛び移っていく。時折回廊に出現するナイトウィスプを撃退しながら、ルナティはどこかへ向かっていた。
―― よくぞ無事に戻りましたね、ルナティ。
「はいはい戻りましたよ。もう疲れたわよー。あんなことになるんだったら最初から言って欲しかったわよー。夢見の巫女は少しは未来を予知出来るんでしょう?」
―― 予知……ではないのですよ、ある程度予測出来るだけであって、どうなるかはルナティやあの子達の行動次第……それだけ夢みる力は計り知れないものがあるのです。
「まぁ、今回の事でそれはわかったわ。だいたい夢と夢の空間である夢見の回廊にまで干渉して、結界を作るなんて普通不可能よ。本来人間界の子供達と妖精界の夢を見る生物に関しては、夢渡りの力で渡り放題なのに、今回は全然潜り込めなかったわよ」
―― 渡り放題なのは貴方の能力が強いからでしょうルナティ。そもそも並の夢妖精であれば一日に一往復、しかも強い夢みる力を持った対象の夢にしか潜り込めませんよ。
「だから私だった……って訳よね、……十六夜」
そう、雄也達があの水晶の塔で敵を倒し、一人の少年を救った後、ルナティは夢の国の首都、夢の都へと戻って来ていた。
夢の都にある屋敷の一室、カーテンのような布に隠れて顔は見えないが十六夜と呼ばれた夢見の巫女とルナティが話をしていた。部屋に他には誰も居ないようだ。
―― この任務は人間との適合者であり、夢妖精としての強い力を持ったあなたにしか出来ないものでした。現にあなたが居なければきっと水の国を救う事は出来なかったでしょうしね。
「まぁ、昔のよしみだし、十六夜の頼みなら断らないわよ。それから夢見の回廊で拾ったお土産ね」
そういうと、ルナティは何かを十六夜に渡した……。どうやら人間界のとろふわなプリンのようだ。
―― これは……どうやって食す物ですか?
「ああ、その蓋を開けて付属の匙で食べるみたいよ。人間界の食べ物って本当美味しいわよねー。妖精界にも見習って欲しいわー」
―― どれどれ……パクっ……んんんんん~~~~なんですかこの口の中で溶けていく甘さと芳醇な香りは! わかりました! この味を再現出来るように街のシェフへは依頼しておきましょう!
「ありがとう! そうこなくっちゃー十六夜ー! で、聞くけど、妖精界で何が起きているのか、そろそろ教えてくれてもいいんじゃない? 他にも夢渡り出来ない国がいくつか出てきているようなんだけど?」
―― んん~~~美味ですね~溶けますね~一緒にほっぺたも持っていかれ……
「(じーーーーーーーー)」
―― ゴホン、あ、失礼しました。ルナティ貴方が予想している通り、人間、特に子供の強い夢みる力を悪用して、善からぬ事を企んでいる者が居るようですね……。貴方達が水晶の塔にて少年の夢から抜けたあと、少年が居た場所に夢の欠片が『視え』ました。夢の欠片はご存じの通り、人間の強い夢みる力が水晶となったものですが、人間に魔力として還元したり、妖精の妖気力として還元する事が出来る。それを悪用して、どうやら負の妖気力を増幅させ、妖魔を作り、強い結界まで完成させた……というところでしょうか?
「それはまずいわね。まぁ、きっと優斗達は戻って来るでしょうから、そこは心配いらないんでしょうけど……で、私は何をすればいいわけ?」
―― 話が早くて助かります。貴方は光の国に向かって下さい。どうやら貴方の友達に『適合者』が居るようです。その子と優斗殿が契約するように誘導して欲しいのです。光の国に危機が迫っている……このまま何もしなければ、あの国は滅ぶでしょう……」
「えーーどうして優斗な訳ーー。優斗の事は独り占めしたいのよー」
―― そうしたいのなら結構ですが、恐らくその子と優斗殿が契約しなければ、貴方の愛しの優斗は死にますよ?
「はぁーそれは困るわー。分かったわー行って来まーーす」
―― それからルナティ、くれぐれも気をつけて……恐らく貴方はあの子達とは合流出来ないでしょうから――
「な! なに! それ? また閉じ込められるのはまっぴら御免よー」
―― 閉じ込められるかはわかりませんが、異変が夢の国にも迫っているようなのです。夢の国が閉ざされてしまうと、恐らく夢渡りの力や使役の力であの子達のところへ渡るのはもちろん、夢見の回廊そのものがうまく機能しなくなる可能性もあります。どうやらあまり時間がないようです。何かあったら緊急脱出用のこれを使って下さい。
そういうと十六夜は水晶玉のような物をルナティーへ渡す。
―― 夢見の巫女特製の水晶玉です。これである程度の結界を超えて、夢の都へは還って来る事が出来ます。くれぐれも無理はしないようにして下さい。
「わかったわ、まぁ、任せておきなさい。また美味しいスイーツ持って帰って来るから!」
そういうと、ルナティは軽くウインクする。
―― それは楽しみにしてい……からかうのはやめてください!
「……え? じゃあ、要らない?」
―― ……お願いします。
ルナティが夢見の回廊へと渡ってすぐ、異変は起きた。夢見の回廊が不安定になったのだ。最近夢渡りが地域によって上手く機能しない事が多かった。夢渡りをする時は、一旦回廊に入り、対象の〝夢〟を探す。眠っている時の方が当然強く反応があるが、眠っていた時の、夢の残滓や、起きている状態で溢れている〝夢みる力〟があれば、そこへ向けて夢渡りの力を発動出来る。
夢見の回廊を渡り、〝光の国方面〟へ向かう。普通の妖精や人間には分からないが、夢見の回廊にも方角は存在する。しかし、上下左右、東西南北の概念も通用しないので、方位磁石はルナティーの頭の中だ。回廊が安定している時は宙に浮かんだ道や階段、透明の道などが浮かんでいるものであるのだが、回廊が不安定なため、飛んで渡るしかなかった。重力の概念が地上と違うため、まるで月面を行くかのようにふわふわっと飛び移っていったのだった。
そして、冒頭へと戻るのだが ――
「――愛の一閃! 夢妖精の鞭!」
再びカナキリ声をあげるナイトウィスプ。
「もぅ、何匹目よーーこのナイトウィスプー。あの暗黒球避けるだけでも面倒くさいわ。それにしても、夢見の回廊がこんなに負の妖気力に浸食されているなんて……やはり何か起きているわね……」
何匹目か分からないナイトウィスプを倒したルナティは再び溜息をつく。右手には愛用の鞭を持っていたが、左手にはなぜか途中で拾ったメロンパンを持っていた。
「これはしまっておきましょう、さてそろそろ目的地のはずだけど……」
腰に巻いたバンドに付属のポーチらしき袋にメロンパンをしまいつつ、ルナティが目を閉じ念じ始める……。
「あの子がいつものように眠っていてくれる事を願うわ……」
……
……
……
『……もう食べられにゃいにゃあああ~~むにゃむにゃ……』
!?
「居た! よし、まだ結界の隙間から渡れるわね。優斗を独り占め出来なくなるのは嫌だけど、生命には代えられないものね」
そういうとルナティは念じ始めるのであった――




