第155話 魔人誕生ノ刻
「もうすぐ……もうすぐ僕の願いが叶うよ……」
夢みる力を結集させて生み出された夢みる心塊。クリスタルの透明なタイルが敷き詰められた部屋の中央、巨大な水晶が煌めきを放っている。そんな水晶を優しく撫で、白衣を身に纏った如月エイトが呟いていた。
「ただいま……帰ったよ、パパ」
「エイト……美優と私、今帰還」
そんな男の姿を見つめ、扉も壁もない空間へと入って来る女子高生と烏の羽根を模したローブを身につけた妖精が現れる。エイトの娘、星菜美優と、美優と契約した闇妖精――ルナだった。
「お帰り、美優、ルナ。どうやら融合を解除する程消耗したようだね? 魔女達の狂宴、ご苦労様」
実の娘と〝天の隠れ家〟にてペアを組んでいたルナを優しい笑みで出迎えるエイト。
「パパ、失敗を責めないの?」
「失敗? 何を言ってるんだい? 魔女との戦いで魔女に放たれた夢みる力は収集済。失敗なんてしていないよ、美優」
エイトは全て計画通りと言わんばかりの表情で、美優へ近づく。しかし、美優とエイトの間にルナが割って入る。
「……どういうつもりだい、ルナ?」
「美優を守る事が私の役目。美優には指一本触れさせない」
エイトの心中を見透かすかのようにルナが立ちはだかる。しかし、エイトはゆっくりとルナに歩み寄る。
「どうしたんだいルナ? 一緒に世界を創り変えようと誓った仲じゃないか?」
「如月エイト……貴方は間違っていた。美優を見て私は知った。真実の愛を」
ルナの瞳には決意の炎が灯っていた。その様子を見てエイトは溜息を吐く。
「そうか……残念だよ。まほろばもルナも……皆僕に賛同してくれると思ったんだけど……」
「え? パパ、まほろばさんをどうしたの?」
まほろばの名があがり、思わず美優が反応する。
「美優、まほろばはね、僕の事をよく理解してくれていたんだよ。だから殺した」
「そんな! まほろばさんはパパの事!」
まほろばがこちら側に来た際、彼女と美優は話す機会があったのだ。まほろばの気持ちを知っていてエイトは彼女に手をかけた事になる。それが信じられず、美優がエイトを非難する。
「どうしたんだい美優? ついこの間まで、君も世界を滅ぼそうとしていたじゃないか?」
「パパ、もう思い出したの……私はミユリナなんかじゃない! 星菜美優よ!」
美優が胸に手を当て、自我を取り戻した事を訴える!
「美優下がって! ――地獄からの使者よ、漆黒の絶望となり、覆い尽くせ! 漆黒爆撃!」
最大火力の闇魔法でエイトと夢みる心塊を破壊せんと空間を塗り潰すルナ。美優とルナ前方の空間が闇で埋め尽くされる。しかし――
「――うぅっ!?」
「ルナ!」
闇の向こうより放たれた一筋の光の矢によってルナの胸が貫かれる! 赤い血が噴き出しそのまま力なく倒れるルナの身体を支える美優。
「駄目だよルナ……せめて僕を殺そうとするなら、美優と融合した状態で此処へ来ないと……」
「パパ! なんて事を! ルナ! ルナ!」
ルナの身体を抱え、涙ながらに訴えかける美優。
「美優……危険……此処は逃げ……」
「さよなら、ルナ……否、ヤミ・エレクシア」
エイトより無常にも再び放たれる光の矢により、ルナの身体が吹き飛ばされる! 美優の眼には、自身の腕より吹き飛ばされたルナの身体がスローモーションで地面へ叩きつけられたように見えた。
「パパ……どうして!」
「美優も一緒に同じ事をしていたじゃないか?」
エイトが両手を拡げ、美優を出迎えようとゆっくりと近寄る。
「パパ……私が貴方を止めます! 夢みる心塊よ、彼を止めて!」
「……そう来たか!」
美優が祈りのポーズをした瞬間、夢みる心塊が明滅を始め、瞬間放たれる光! エイトと共に行動していたから出来た美優の秘策――それは、夢みる心塊と自身の夢みる力とを呼応させる事であった。予期せぬ背後からの攻撃にエイトの全身は光に裁かれる……かに見えた!
「……間に合ったようじゃの」
「遅かったですね、ベルゼビア」
聖再生衣にて全身を覆った魔王が空間に出現した瞬間、不思議な空間は色を失った。エイトの背後に迫る光は直前で止まったまま。ピクリとも動かなくなった美優の傍に近づき、頬をそっと撫でるエイト。
「さすが僕の娘だよ。どうやって僕を欺くか、楽しみにしていたんだけど、まさか夢みる心塊と呼応するとは思わなかった」
「……ふふふ……それでこそ、我が器に相応しい。魔女達の狂宴で人間界へ侵攻する事はあくまで夢みる力を集める手段にしか過ぎない。その本質は人間共との戦いでお前の娘、星菜美優自身を弱らせる事にあった。お前の作戦は見事に成功した……という訳だ」
シスター姿の魔王は失った右腕の付け根の傷を聖再生衣にて塞ぎ、ゆっくりと歩み寄る。
「ベルゼビア、完全体でない貴方の時空を操る能力――時空の聖域はまだ完全ではない。この光が放たれる前に急いで貰えますか?」
「おぉ、そうじゃったな。ではお主の娘の身体――貰うとするぞ!」
そう、ベルゼビアの目的は完全なる肉体を手に入れる事。幼い頃より夢みる力を蓄えて来た星菜美優の肉体は、魔王が完全体になるために充分な器としての力を兼ね備えていたのである。
「ベルゼビア様ぁあああ……あが……あががががががああああああ!」
ティアの口より刹那黒い霧のようなモノが溢れ出て、美優の身体へと向かっていく。動きを止めたままの美優の口へベルゼビアの精神体が入り込もうとする!
――これでワレは完全体となり、妖精界の頂点となるのじゃ!
しかし、黒い霧となったベルゼビアの精神体が、星菜美優の肉体へ入る事は叶わなかった。黒い霧は刹那動きを止め、抜け殻となったティアの身体も、黒い霧と化したベルゼビアの精神体も動かなくなってしまったのだ。
「な……ん……だ……これ……は……」
モノクロの世界でベルゼビアは考えを巡らせる。世界はモノクロのまま、つまり時空を操る者のみが入り込める世界。通常なら思考すら叶わない世界で、ベルゼビアの思考はしっかり動いていた。ただし、黒い霧は止まったままだ。
―― なぜ、ワレが動けない。
「なぜか教えてあげようか、ベルゼビア」
如月エイトが黒い霧となった魔王の前に立つ。そして……もう一名、エイトの横に立った男は、道化師のような格好でベルゼビアの周囲を踊るように廻り、おどけて見せる。
「おやぁーーーーおやおやおやぁーーー? あの魔王ともあろう御方が無残な霧の姿にぃーー? 可笑しいですねぇーー滑稽ですねぇーー」
―― お前の仕業か……プレミオ・オードブル!
黒い霧のまま、思念をぶつけ会話をする魔王。突如現れた道化師は、エイトと共に世界を創り変えようと影で動いていた最後の一名だった。
「ベルゼビア、油断したね。時空の聖域は君だけの能力じゃないんだよ。僕はプレミオの膨大な力と野望をいち早く見抜き、当時、同盟を持ち掛けたんだ。時空使いの夢妖精――プレミオ・オードブルは、七魔同盟、最初の一名だよ」
―― くそ……こんな……馬鹿な!?
黒い霧姿で魔王がもがき、足掻く。
「ベルゼビアさん? 無駄ですよぉ、無駄無駄無駄無駄。だってぇ、私目が、夢みる心塊を使って、時空の聖域を上書きしましたから」
「ま、そういう事だよ、魔王。残念だけど、僕の計画の糧となって貰うよ?」
そういうとエイトは、夢みる心塊の傍へとゆっくり歩いていく。エイトが夢みる心塊へ触れると、モノクロだった筈の世界で、巨大な水晶が明滅を始めた。
―― 貴様、どうするつもりだ!
「魔王よ、意識がある内に言っておく。君を一度たりとも僕は仲間とは思っていなかった。だいたい誰のせいで〝トウドウサクヤ〟は死んだと思っているんだい? ベルゼビア、僕は君を世界中の誰よりも憎んでいるよ」
次の瞬間、動きを止めていた光が魔王の精神体である黒い霧を呑み込んでいく。魔王の霧は光に包まれ、巨大な光の球がそのままエイトの身体へと入っていく……。
―― 貴様……まさか……ワレを取り込む気か!?
「終わりだよ、魔王」
次の瞬間、モノクロの世界が光に包まれ、時は再び動き出す。再び世界が色を取り戻した時、二本の角を生やし、赤く燃える肉体を剥き出しにし、漆黒のマントを身につけた魔人が美優を抱き抱えた状態で立っていた。
「素晴らしい……遂に、伝説の魔人誕生の刻だ……如月エイト……いや、ウルティマ!」
「……パパ……ダメ……」
プレミオが変わり果てたエイトの姿を見て、感嘆の声をあげる。一瞬、目を開けた美優は、そのまま気を失ってしまう。ベルゼビアの力全てを取り込んだエイトは、気を失った美優の顔を見て嗤う。
「後は……僕の最後の望みを叶えるだけだよ。もうすぐだよ、咲夜」
妖精界史上、最狂の魔人がここに誕生したのだ――――




