第153話 魔を喰らう水撃
ところ変わって再び人間界――――
みんなの力で精霊反転世界を発動した後、現継の巫女――ミナセヨウコが人間界を元の世界へと戻すべく空へ向かって手を拡げ、世界の再構築を開始する。
――雄也様、弥生様の呼びかけに併せて魔王の居城、獄魔古城へと転送します!
「ありがとうレイア、了解!」
緊急脱出回線により聞こえたレイアの声に反応する雄也。
「雄也、如月エイトとベルゼビアを止めに行くぞ!」
「だな、和馬!」
雄也と和馬が頷き合う。
「和馬。俺は妖精界へは行けねぇ。死ぬなよ!」
「嗚呼……任せとけ親父」
元勇者シュウジと和馬が握手する。
「和馬ーー私も連れてってーー」
「ちょっとウインク! その傷じゃ無理だって! 僕が雄也とやっつけてくるから待ってて」
「そうですわウインク。私が回復させるから休んでいなさい!」
シルビアの能力で少し回復したものの、ウインクはまだ完治していなかった。悔しそうな表情をするウインク。
「ありがとうウインク。魔女を一名倒したんだぜ! ウインク充分な成果じゃないか!」
「ウインクにしてはなかなかやるね」
「ありがとう和馬ーー! 回復したらすぐに向かうからね! って、パンジー! ウインクにしてはは余計でしょ!」
「あ、バレた……」
パンジーとウインクがやり取りをしているところに、アラーダとレフティが合流する。
「世界を取り戻す戦い。ここからが正念場ぞ!」
「姉さんを傷つけた相手……許せませんわ」
『――まほろばさんからの逆探知信号を感知! 雄也さん! 和馬さん! 緊急脱出回線によりお二人を転送します! 人間界から妖精界へ転送出来るのは、使役主である人間だけです』
「うっそー。僕もいけないの?」
『世界の再構築が終わればパンジーさんやウインクさん、皆さんもこちらに還って来る事が出来る。それまでの辛抱です。そちらには皐月も居ますしね』
「私に任せるのね! そうなのね!」
「葉子お姉さん! 後は頼みます!」
雄也が現継の巫女へ声をかけると額より汗が流れている葉子が両手を拡げたまま余裕のない表情のままウインクをした。
『――雄也さん、和馬さん行きます! 精霊反転世界――緊急脱出回線――夢追人潜入!』
虹色へと明滅する光に包まれ、雄也と和馬は妖精界へ移動を開始する!
★ ★ ★
「ここは……?」
雄也達が転送された場所は広い広い研究室のような空間だった。ところどころに人間一人入りそうなカプセルが設置され、部屋の奥には大量のモニタとコンピューターのような物が設置されていた。
周囲を警戒しつつ、雄也と和馬が正面の電源が落ちたかのように真っ暗となったモニタへ向かって歩いていく。
「なぁ雄也……此処は妖精界だよな」
「嗚呼……その筈だよ」
まるで最新技術の結晶を集めたかのような部屋に戸惑いを覚える二人。人間界ならまだ分かるが、エイト達が居る獄魔古城だと聞いていた。妖精界に似つかわしくない部屋に違和感を覚えつつも、敵の存在を探す二人。そして気づく。
「……血の臭い?」
生臭い血の臭い……しかもまだ新しい。そして臭いの発生源を見つけた時、雄也と和馬は戦慄した!
「ま、まほろばさん!」
雄也と和馬が駆け寄る。眼鏡をかけた女性は冷たい床に横たわり、血溜まりは既に固まりかけていた。紫髪は紅く染まり、頬には涙の痕らしきモノが見える。
「そんな、おい! まほろばさん! 目を覚ませ!」
「駄目だ……和馬……死んでる……」
『――雄也さん! 緊急脱出回線を通じて回復を!』
雄也達の声が聞こえているのか、レイアが脳内へ語りかける。
「レイアさん無理だ……まほろばさん、もう息していないよ」
「くそっ、どうしてこんな事に!」
パンジーとレフティから、まほろばさんは敵の位置を教えるために潜入していると聞いていた。だからこうして雄也と和馬は敵の居城へと潜入出来ているのだ。
「――彼女の事は残念だったよ。すまないね雄也君。彼女が僕に従順なら、殺すつもりはなかったんだ」
背後からの声に振り返る二人。白衣姿で嗤う男をキッと睨みつける雄也と和馬。
「如月エイト!」
「まほろばさん! あんたの元部下だろう! なんて事を!」
「部下であろうと誰であろうと、計画を邪魔する者は葬るしかないんだよ」
殺す事を何とも思わない冷徹な男……彼は最早人間とは呼べないのかもしれない。
「人間界は巫女達の手によって取り戻しました。魔王の城ももうじきブリンク達の手によって攻め落とされる。エイトさん、貴方の計画は失敗ですよ?」
「魔女達の狂宴だっけか? あんたが連れて来た魔女は俺達で倒してやったぜ」
それを聞いた瞬間、エイトはあろう事か手を叩き、彼らを称賛する。
「あの中には始祖の魔王に仕えていた悪魔も居たというのに流石だね雄也君、和馬君」
「……どういうつもりですか?」
雄也が怪訝な表情で彼を睨む。
「そうきつい表情をしなくてもいい。僕の予想以上だったから褒めただけさ。どこかで君達は魔の手により敗れると思っていた。だが、君達は数々の試練を乗り越えて此処に居る。恐らく美優も今頃優斗君が助け出そうとしているんだろう?」
全てを見透かすエイトはどこまで知っているのか。
「どうしてそんなに余裕なんですか?」
「あんたの野望はもう打ち砕かれたも同然だろ?」
「まぁそう焦らなくていい。まだ子供だね。誰が計画は失敗したと言った? まだ計画通りだよ?」
この時、雄也と和馬は一瞬足りとも彼から目を離していない筈だった。雄也に至っては既に〝霊蒼の魔眼〟を解放した状態で彼と対峙していた。それなのに、眼前の視界は刹那、研究室らしき部屋から一転、赤銅色の大地が広がる荒野に摩り替っていたのだ。
「えっ!?」
「なっ!?」
慌てて周囲を見回す雄也と和馬。だがエイトの姿は見えない。どこからともなく声が聞こえる……。
――雄也君、和馬君。僕は君達に構っている程、暇じゃないんだよ。でもせっかく魔王城へ来てくれたんだ。その苦労を労うためにも、彼が君達の相手をしてくれるそうだよ?
「エイト! どこだ!」
「くそっ! 出て来やがれ!」
「エイト様は所要でお出かけになられております。エイト様が留守の間、私がお相手して差し上げましょう」
赤銅色に染まった大地の先、この場に似つかわしくない聖衣を纏ったシスターが雄也と和馬へお辞儀をする。魔王ベルゼビアが憑依したビクトリアの元お付、ティアだった。
「ティアさん! ベルゼビア、彼女の中に居るんだろ! 出て来い、この間の決着をつけてやる!」
「あんたが出て来たなら好都合だ。あんたを倒してエイトを倒す! それだけだ!」
「ミツイユウヤか……以前対峙した時よりは強くなったようじゃのぅ」
シスター姿の美しい女性の顔のまま、魔王の人格が姿を現す。老獪な笑みを浮かべるシスターは、その姿に似つかわしくなく不気味に見えた。
「最初から本気で行くぞ! 使役主ユウヤの名において、ここに示す。夢みる力、接続! 出でよ、水妖精、リンク!」
「こっちも行くぜ! 使役主カズマの名において、ここに示す。夢みる力、接続! 出で来い、火妖精、ファイリー!」
雄也と和馬の前に青と赤、対照的な光を帯びた魔法陣が出現する! 肩まで伸びる蒼く美しい髪と燃えるような赤い髪。羽衣を身につけた蒼眼妖精と戦乙女姿の赤眼妖精が使役主と再会を果たした瞬間だった。
「雄也さーーん! 会いたかったですーーシャキーンですーー」
「リンク、俺も会いたかったよ」
自身の胸に飛び込んだリンクの髪を撫でてあげる雄也。リンクが『えへへ』と照れ笑いの表情となる。
「相棒! 遂に来たな!」
「嗚呼、行くぜファイリー」
こちらはパチンとハイタッチ。これだけで互いに意図している気持ちは全て伝わったようだ。
「蒼眼妖精と赤眼妖精か。少しはワレを楽しませてくれようぞ」
シスター姿のベルゼビアが杖を構えると同時に、雄也達もそれぞれ武器を構える。
「ベルゼビア、あの時の借りを返さないとだな」
「あら、雄也様? レイア様は復活されたのでしょう? よろしいではありませんか?」
シスターが卑屈な笑みで雄也に答える。
「ベルゼビア! そんな時だけティアの人格に入れ替わるなんてずるいのです!」
「お前の野望もここまでだぜ!」
「そうか、興のつもりだったんだがのう。まぁよい、では行くぞ! 滅亡の波動!」
「水芭蕉のワルツ!」
全てを無へ帰す闇を纏う漆黒の妖気。リンクが素早く水龍の扇を手に取り、結界を創る華麗な水舞を披露する。瞬間的に結界に覆われる雄也達。漆黒の妖気から結界が雄也達を守り、大地が震動する!
「光源水弾――祝福の柱!」
魔王の足下から光輝く柱が伸び、刹那、浄化の光に包まれる魔王。しかし……。
「さて、いつまで結界が持つかのぅ? 光闇混合弾!」
光に包まれた状態のまま放たれる聖と闇の混合弾。魔王の杖より放たれた混合弾は一発ではなかった。複数の巨大な混合魔法が結界にぶつかる度、空気に亀裂が入るかのような破裂音が響き渡る!
「ファイリーさん、和馬さん! 行けますか!?」
「嗚呼……行くぜ! 戦乙女闘式第二の型――火焔嵐流!」
結界が激しい破裂音と共に割れた瞬間、雄也達が散開し、戦乙女闘式となったファイリーがすぐに仕掛ける! 正龍の力を纏った炎が竜巻となり魔王を襲う。
「いい炎だ。お返しにお主らのよく知る炎を返してやろう ――煉獄爆炎!」
「戦乙女闘式――終の型 灼熱同化!」
ファイリーがすかさず前に出て、地獄から呼び起された炎を吸収する。この時点で魔王は既に、聖、闇、火、三属性の技と魔法を使っている。その様子を見て雄也が叫ぶ!
「あんた! 過去憑依した者が使う属性全てを使えるのか?」
「ほぅ、よく見ておるなミツイユウヤ。カラクリはそれだけではないがの!」
「じゃあこれならどうだ! ――呻れ! カザミドリ! 風精霊奥義、真剣――真旋風刃!」
和馬の姿が刹那的にその場から消失し、魔王を斬り捨てようと横に薙ぐ。魔王は刹那的な動きに反応し、大聖堂の杖で受け止めるも、杖は真っ二つとなり、ティアの身体が横に斬り捨てられる!
「まだですよ! 水龍の扇――序――戦扇流の舞!」
魔力を手に籠めようとした魔王へ畳みかけるリンクの水舞! 龍の牙が魔王を穿ち、扇の動きと共に魔王を水龍が喰らう! ティアの赤い鮮血がその度に飛散し、大地に紋様を創り出す。最後の一撃で弾き飛ばされた魔王が片膝をつき、リンクを睨みつける!
「終いか?」
「攻撃透過、接続! 水龍神よ、我に力を! 龍神水撃!」
水龍の扇が秘めた水龍神の力を受け取り、雄也が放つ最大火力の水撃。片膝をついた魔王へ向け放たれた水撃は、まるで水龍神が魔王を呑み込まんとするかのように轟音と共に進撃し、ベルゼビアへと直撃したのであった――――




