第13話 【第2章 プロローグ】光の国<ライトレシア>
雄也達が光の国 <ライトレシア>向かうべく、水の都<アクアエレナ>を旅立つ少し前、光の国では〝異変〟が起きていた……。
ここはとある国の王宮の一室 ――
「〝雷光の妖撃団〟達とはまだ連絡がつかないのか!」
「は! 申し訳ございません。魔導連結部にて魔道伝心や夢みる力を介した夢見の記憶、記憶の魔法陣、あらゆる通信手段、転送手段を試みましたが、雷の都との交信が途絶えておりまして……。恐らく我が国を覆っている謎の結界が原因かと」
「ええい! もうよい、下がっておれ!」
「は!」そういうと兵士は引き下がる。
髭面で帽子を被った貴族風の男は、苛立ちを隠せずにいた。
――〝聖の討伐部隊〟はどうしたのだ。なぜ、戻って来ない。敵が潜むと言われる北東の古城〝アルティメイナ〟に向かってもう三日は経つ。〝雷光の妖撃団〟への依頼はあくまで保険のつもりであった。しかし、〝聖の討伐部隊〟は帰って来ない。〝雷光の妖撃団〟と連絡すら取れないとなると、王に合わせる顔がない。何より議会での私の立場が悪くなるではないか。
貴族風の男――いや、風ではなく、まさしくエルフの大貴族であるバイツ公爵にとって、国の一大事も敵の討伐もどうでもよかった。大事なのは自身の保身のみ。敵の討伐を自身の手柄にする事で、議会での自身の影響力が強くなるというもの。議会のメンバーの中には、有事にいかに手柄を立てて、自身の影響力を強くするかを考える者がたくさん居た。バイツ公爵もその一人であった。
光の国は、いくつかの種族で形成された、大小の国が集まった連合国だ。中でも中心となる聖都、ブライティエルフ国は、エルフの王族である、ブライティ王が治めるライトレシアをまとめる大国だった。そう、ブライティエルフはエルフ族の国であった。
周辺には〝妖精人〟の村、コボルトの街など、いくつかの種族の街や村が点在している。ブライティエルフの北には、ブリンティス山という魔を寄せつけないという山があり、山の頂に雷の精霊を祀った雷の都がある。先ほどバイツ公爵が言っていた〝雷光の妖撃団〟は雷の都の雷妖精で構成された閃光の迎撃部隊である。
バイツ公爵はブライティエルフ国ブライティ城内の一室で吉報を待っていた。
数ヶ月前より光の国が何者かの結界に覆われた。光の国は妖精界の朝と夜の光を管理しているため、魔族に狙われる事が多い。
よって、連合国では有事に備え、軍部、研究部、行政部を伴う議会がある。議会員はブライティエルフから約三十名、残りの国や地域から二十名で構成されていた。
結界に覆われたその日、臨時議会の招集がかかったが、サラマンディアから代表者は来なかった。結界が原因で通信が届かなかったのかもしれない。
集まった四十五名の決議により、〝魔導連結部〟は敵本拠地の探索、〝聖の守護部隊〟は、敵が攻めて来た際の防衛役、〝聖の討伐部隊〟が討伐部隊として選ばれた。そして、その〝聖の討伐部隊〟はバイツ公爵の直轄部隊であった。
光の国のエルフにはいつくかの大貴族の存在がある。特に力を持つ大貴族がバイツ公爵の血筋であるフランツ家、そして、〝聖の守護部隊〟を率いるガディス公爵の血筋であるグランデ家だ。歴代のブライティエルフ国の王族に仕え、度々派閥争いを繰り広げて来たフランツ家とグランデ家は仲が悪い。
―― これではガディスの思う壺ではないか。
バイツ公爵は舌打ちする。
これでは困るのだ。〝聖の討伐部隊〟が手柄を立ててしまっては意味がない。バイツ公爵の側近である一人に魔導連結部と繋がっているものが居たため、裏でサラマンディアへの連絡まで試みたのだ。
光の国が何者かの結界に覆われた後、ブライティエルフ周辺のいくつかの小国が多数の妖魔により襲われたという。
時を同じくして、敵本拠地を探索していた〝魔導連結部〟より、妖魔であるグールやインプの存在が、かつて一貴族が築き、滅んだと言われる北東の古城〝アルティメイナ〟付近で確認された。
妖魔の数は日に日に増えており、敵が、ブライティエルフに攻めて来るのも時間の問題ではとの見解であった。そこで先日、〝聖の討伐部隊〟が討伐に向かったのであった。
「も、申し上げます! 〝聖の討伐部隊〟が……」
息を切らしつつ、先ほどとは別の兵士が部屋に入って来た。
「おぉ! その吉報を待っておったぞ! 戻って来たのだな!」
「い……いえ……〝魔導連結部〟の監視部隊からの報告によると……全滅した模様です!」
「な! ……今何と言った……!」
「は、はい……全滅と……」
―― 馬鹿な! 聖の力を扱える討伐部隊だぞ! ましてやグールなどという下級妖魔など……昇天光射で一掃出来るであろう……。
バイツ公爵は驚きを隠せないで居た。討伐に時間がかかっているとは思ったが、敵の数が思ったより多いのであろう程度に思っていた。エルフの兵士の中でも聖なる力を行使出来る事に長けた者を厳選して構成した討伐部隊。全滅するなど想像もしていない話であった。
―― 一体、何が起きていると言うのだ。
「ぐはっ……はぁ……はぁ……」
金髪で端正な顔立ち、長い耳の青年……若く見えるが、その実力は他のエルフとは比べ物にもならない。そう、彼こそが〝聖の討伐部隊〟の隊長、プレミアだった。
五百名からなる討伐部隊、国家規模からすると少数精鋭かもしれない。だが、一人一人の実力が違った。中でも隊長のプレミアの力は一級だった。下手するとあの有名な〝赤眼妖精〟にも勝てる実力ではないか? と周りからは言われていた。
そんな討伐部隊の仲間が皆倒れている。
「くそ……みんな……済まない……」
上司であるバイツは気に食わない存在であったが、〝聖の討伐部隊〟そのものは気に入っていた。若くして実力を買われ、討伐部隊へ入隊した彼は、経験を積み、やがて仲間に慕われ、認められる存在になった――
討伐は順調であった。アルティメイナまでは一日前後で到着出来る。馬を走らせ討伐部隊は進む。妖魔である小さなグールや、インプが出迎えてくれたが、全て一掃した。小さなグールは負の妖気力を浄化させる昇天魔法、昇天光射で一掃出来た。プレミアは聖なる力を纏った聖剣〝ブライトブレイド〟を持っていたが、隊長が出る幕もなかった。
古城〝アルティメイナ〟の手前で野営をして二日目――
異変は城についてから起きた。
城の敷地内に立ち入った瞬間、数倍の負の妖気力を感じたのである。強いエルフや妖精は、妖気力の量を感知する事が出来る。アルティメイナが纏っている負の妖気力は尋常ではなかった。
城の奥に入ると今まで戦ったインプやグールが出て来た。
が、なんとグールは身体が二倍程度に大きくなっており、攻撃しか出来なかったインプは水爆砲、明滅光、治癒光といった魔法まで使って来たのだ。
負の妖気力で強くなったハイグールとマージインプだ。
回復しながら襲ってくる敵に若干手惑う。ハイグールも一度の昇天光射では倒す事が出来なかった。各々持っている剣や槍で攻撃し、魔力を温存しながら戦う。
魔力は無限ではないのだ。敵の居城である以上、恐らくこのインプやグールを仕切っている魔物が居ると考えるのは当然だ。特に隊長のプレミアは力を温存していた。
城の奥にある吹き抜け部分についた時、そいつは現れた。
「た、隊長……あれは……!?」
「ぐおおおおおおおおおおおお!」
体長五メートル近くあるのではないかと思われる巨体。巨体の咆哮が吹き抜けに響き渡る。
目の前のグールは異常だ。何体ものグールがより集まって出来た存在……。
それは〝グランドグール〟だった。
「ぐおおおおおおおおおおおおーーーー」
刹那、グランドグールが叫び声と同時に暗黒の吐霧を吐いた!
「い、いけない! みんな、離れろ!」
プレミアの声も虚しく、前方に居た百名近い者達が暗闇に覆われ……たった一撃で腐敗した。グランドグールが放った吐霧は、全ての者を溶かし、腐らせる暗黒の吐霧であった。
「皆、撤退だ! 下がれ!」
体制を立て直さないとまずかった。
恐らくこいつは勝てない。隊長は身体に感じる負の妖気力を受け、瞬時に悟った。
仲間を逃がす。そしてこいつは足止めする。
それがプレミアの判断だった。
「隊長! しかし!」
「早くしろ!」
「わ、わかりました! ご武運を!」
「ぐ、ぐおおおおおおおおーーー」
「ぐわぁあああー」
しかし、逃げる相手に向けて無情にも放たれた暗黒の吐霧によって、次々に倒れていく仲間達……。
「貴様! この俺が相手だ! 浄化せよ! 聖なる迎撃!」
聖剣ブライトブレイドより放たれる聖撃は、グランドグールの右腕を両断する。
しかし、うねうねと両断した部分が蠢いたかと思うと、腕が再生された。
―― くそ、なんてやつだ……。
プレミアの能力を持ってダメージを与えても再生される肉体。
敵の攻撃を受ける度に尽きていく魔力……もう勝負は見えていた……――
そして、先ほどの場面へと戻る。
「ぐ、ぐおおおおおおおおーーー」
目の前の化物の口から周囲を覆う暗黒の吐霧が放たれる。
「こんなところで……負ける訳には……邪を受け止めよ! 聖騎士の盾」
負の妖気力を受け止め、浄化する聖騎士の盾がかろうじて暗黒の吐霧を受け止める。が、威力が強く、正と負の反発で、プレミアの身体が後方へと飛ばされてしまった。
「く、今ので魔力が尽きたか……エイト……俺はもうこれで終わりみたいだよ……」
そういうと最後の力を振り絞り……プレミアは何かを呟いた……やがて、折り紙で出来た鳥のような形の小さな青色に光る物が現れる……。
「青い鳥よ、俺が〝視た〟事をかつての旧友へ伝えてくれ……」
青い鳥が空へ舞い上がった瞬間、大きな化物の足がプレミアの視界を遮った。
ぐしゃり。
その瞬間、プレミアの生命は途絶えたのだった。




