第123話 死闘、魔獣女王《ビーストクイーン》
雄也達が魔獣女王とまさに激闘を繰り広げている最中、常闇に紛れ夢を渡り、とある者達が密談を交わしていた……。
うす暗い照明。ランプの灯りのみがテーブルと椅子を照らす。顔を覆っているフードと全身を覆う闇に溶け込む外套。部屋の中にも関わらずフードと外套で全身を覆っている姿はやや滑稽にも見える。向かいにも誰かが座っているようだが、誰なのか顔を窺う事は出来ない。
「貴方からいただいた強制夢創薬。とても効果がありましたよ」
「それはよかった……人間の子供から抽出した夢みる力。あれは素晴らしい力を秘めていましたよ」
そう言うと、テーブルに置かれたワイングラスを取り、血のように真っ赤なワインを口に含む謎の男。
「苦労しましたよ。何せあの魔王が憑依した少女が誘拐した子供ですから……」
「確か少女の名はアリス……でしたね」
「あの子を失った事は計画が狂ったと……魔王は言っていましたが……」
「貴方の計画通り……と言いたいのですか?」
うす明かりの中、謎の男が冷たい笑みを浮かべたように見えた。
「ですね。アリスの姿で居られるのはまずかった。何せこうして夢見の回廊にて密談をする事すら出来ませんからね」
「で、これからどうするおつもりで?」
「天の隠れ家の皆には計画の礎となってもらいました。彼等の命は契機となった。後は最後の仕上げのみです」
「では、遂に……」
「今夜決行しますよ」
「そうですか」
お互いワインを口にし、ひと息つく二名。
「計画成功の際には、約束通り、貴方もお迎えにあがりますよ」
「では私もその時を待つ事にしますよ、ノクス……」
夢見の回廊内に創られた部屋の中、二名の男は静かに密約の杯を交わしていた。
★ ★ ★
紅く燃える空の下、対峙する魔獣女王と雄也、リンク、パンジー。上空を闊歩するキマイラは、まるで主の勝利を見守るかのように手出しせず、戦況を見つめていた。
「行きます! 水の戯れ<輝!>」
「光源水弾――拡散砲!」
フォメット戦で見せた負の妖気力を剥ぎ取る拡散砲。水鉄砲の銃口より、リュージュラへ向け無数の閃光が解き放たれる。
「きゃははははは! 今の何? どうしたの?」
避ける事もなく佇む女王。
「なるほど、こいつもか……」
「雄也、だめだ! 効いてない! 花妖連矢!」
花妖精の妖気力を籠めた矢を上空から連射するが、腕を交差させ、矢を受け止めるリュージュラ。
「あれ? こんな矢、僕の獣皮を通りもしないよ?」
矢を一本一本引き抜いていく女王。雄也がじっとその様子を見据え、口を開いた。
「魔獣女王という名に惑わされていたよ。あんた、獣人族なんだな?」
「だったら何なのかな?」
「さっきの拡散砲は、あんたの部下であるフォメットでさえ、正体を現すに至った技だ。だけど、あんたは避ける事さえしなかった。それはつまり……」
「貴女の身体は正の妖気力で構成されている。そうですね、リュージュラさん!」
雄也とリンクの言葉にリュージュラが嗤い出す。
「きゃははははは! そうだよ? 僕ちんは獣人族さ。僕ちんは魔族が蠢く世界で生まれ、勝って、勝って、勝ちまくって、この地位を手に入れたのさ。僕ちんに流れている妖気が正の妖気力だろうが、負の妖気力だろうが、魔獣女王には変わりないよ?」
「それはどうかな? 凍氷連弾!」
「カッ!?」
雄也が水鉄砲から放つ氷弾を口から吐き出した光弾で相殺するリュージュラ。リンクがサイドより放つ水流閃光を腕で受けとめ、そのまま膂力で一気に距離を詰める。リンクに強烈な一撃を加えようと爪を立てるが……。
「待ってましたよ? 魔獣女王さん?」
「へぇー、止めるんだ?」
「水龍の扇――序――戦扇流の舞」
水龍の扇でリュージュラの爪撃を受け止めた直後、目にも止まらぬ速さで回転を加え、高速の舞で連撃を放つリンク。しかし、高速の連撃を爪でいなし、受け流す女王。フォメットを仕留めた連撃で彼女に傷をつける事すら出来ない。最後の一撃を加えると同時にリュージュラが腕を振るい、リンクが一瞬で払い飛ばされてしまう。
「あれぇー。それで終わり?」
「……まだですよ」
リンクが口から出た血を拭い、笑みを浮かべると、辺りが霧に包まれる! 霧の中舞い落ちる桜の花びら。キマイラが監視する位置より、さらに高い位置。翠色の光る球体に包まれ花妖精を背後から両腕で優しく包み込む雄也。パンジーが弓を構え、目を見開く!
「「融合透過、接続、花妖精奥義
――華吹乱咲!」」
「めんどくさーーい!」
舞い落ちる無数の矢が桜吹雪と共に上空より飛来する! 闊歩していたキマイラも全て貫き、やがて空を見上げた魔獣女王の姿を捉え、分厚い体毛と獣皮に覆われた女王の肉体に襲いかかる。ゆっくりと地面へ降下していく雄也とパンジー。やがて、視界が晴れた時、赤い血を流した魔獣女王は……。
「きゃははははは! きゃは、きゃはははは! すごいねー。僕に傷をつけた相手なんて何年振りだろ? フォメットでも無理だったのに!」
嗤っていた。
「なっ!?」
「こいつ、死んでない!?」
翠色の光る球体に包まれたままのパンジーと雄也の額に汗が滲む。今奴は何て言った? あれだけ苦労して倒したフォメットすら傷をつけるに至らなかった? ……だとしたら眼前に居る魔獣女王は今まで戦って来た誰よりも強い相手と言える。雄也がゴクリと唾を呑む。
「そっかぁ。でもキマイラを殺ったのは正解だよ? もしかして気付いた?」
「まぁね。リンクのあの戦扇流の舞は、通常なら速すぎで目で追う事すら不可能だ。正面から来ると思ったら背後から、横から、あらゆる方向からの舞による高速扇技。後ろにも目がないと無理だって……そう思って気づいたよ」
「僕も、あの時フォメットが僕とブリンクへ言った、『妖精界に住む魔獣や鳥獣は全てリュージュラ様の眼となり、手となり足となる』という台詞を思い出してね。雄也に意思伝達で伝えたよ。華吹乱咲で倒せなかった事は残念だけど、あんたの眼を潰す効果にはなったみたいだね」
首を上下に揺らし肯定のポーズを取るリュージュラ。そう、上空を闊歩していたキマイラは、彼女の能力、魔獣の瞳によって、リュージュラの眼となっていたのだ。上空からの監視の眼により、彼女はあらゆる方位からの攻撃を回避する術を身につけていたのである。
「それにしても凄いよね。それ、ガディアスを倒した技でしょ? 何ていうの? 融合技?」
翠色の光に包まれた二名の姿を面白いものを見つけたかのように目を輝かせる女王。
「融合技――〝四葉の光衣〟。花妖精と使役主の〝願い〟の力から生まれた奇跡の融合だよ」
雄也とパンジーが手を繋いだ状態で女王の質問に答える。両者様子を窺っている状況だ。そこに後ろから小声で声をかける妖精が……。
「雄也さん、……雄也さん」
「あ。リンク、どうしたの?」
「それ……ずっと手を繋いでないとダメなんですか?」
リンクが二名の手を細い目でじーーっと見つめていた。
「ば、ばか!? リンク! これは融合技だって! 僕も本当はリンクとずっとくっついていたいんだぞ! 仕方ないだろ? 常にどこかお互いの身体に触れておく事で、この状態を維持出来るんだから!」
「リンク、この戦いが終わったら手ぐらい繋いでやるから待ってて!」
「おい、雄也ちょっと待て! リンクと手を繋ぐのは僕だって!」
雄也の言葉に頬が黄昏色に染まるリンク。彼女の脳内に珍しい雄也の俺様発言が反芻される。
「は、はいーー。分かりました雄也さん、いつまでもどこまでも待ってます! シャキーンです!」
雄也からすると、リンクがよく分からないタイミングでシャキーンをしたように感じたであろう。彼等のやり取りを見聞きし、魔獣女王はうすら笑いを浮かべる。
「なるほどねぇー。じゃあそこの二名を引き剥がしたなら、元に戻るんだね! それじゃあいっくよー。カッ!」
口から放たれる強大な光弾。が、翠色に光る球体に弾かれ消滅してしまう。そのままの勢いでリュージュラが両腕で球体を叩きつけるが罅一つ入らない!
「無駄だよ、分かったところでこの状態の僕等には傷ひとつつける事は出来ないよ。雄也!」
素早くパンジーが雄也の背後に廻り込み、両肩に手を置く。さすがに両腕で身体を包み込む仕草は恥ずかしいらしい。
「きゃははは、その状態で、どうやって攻撃をするつも……がっ!?」
初めて魔獣女王の身体が閃光によって貫かれた瞬間だった。背後から突然放たれた翠色の閃光に思わず飛び上がり距離を取るリュージュラ。が、しかし!
「どこから攻撃して来た!? 君の水鉄砲は……なっ!」
雄也は眼を閉じ、水鉄砲を地面に突き立てていた。リュージュラが移動する度、背後から貫かれる身体。その度に赤い液体が飛び散る。赤い液体は文字通り、彼女が獣人族であり、魔獣ではない事を証明していた。
「なんだよ……どうやったんだ!」
「〝遠隔花妖閃光〟。簡単さ。正の妖気力と分かってしまえば、あんたの動きを眼で追わずとも、感知した場所に閃光を放つだけだよ」
この時初めて魔獣女王の顔が歪み、全身がうち震える様子が視てとれた。
「……くそっ、めんどくさい……めんどくさいんだよーー!」
次の瞬間、魔獣女王の全身から強烈な妖気が放たれる! 城全体が激震するかのような衝撃。リンクは雄也とパンジーの背後に回り、結界によってなんとか吹き飛ばされる事を防ぐ。
「な、なんて妖気力だよ」
「って、雄也……あれ!」
滴る血はそのままに、先ほどよりもさらに何倍にも膨れ上がった腕と脚、巨大化し、剥き出しとなる鍛え抜かれた体躯。二本の角を生やし、魔獣が持つ人間を押し潰すには充分の大きさの尻尾を携えた、怒りに震えた女王の姿。可愛らしい猫の着ぐるみのような面影は最早そこにはなかった。
「サァ……コレが僕ちんの最後ノ姿ダ。本気デ……イクヨ!」
リュージュラが地面へ腕を振り下ろすと、抉れた地面が隆起し、そのまま雄也達へ襲いかかる! 球状の結界はそのままに宙へ浮遊する雄也とパンジー。しかし、浮遊した高さには巨大化したリュージュラの顔があり……。
「ありゃあ……おっきいね」
「すごく……おおきいです」
振り下ろされた腕に結界ごと叩きつけられる雄也とパンジー。
「雄也さん!」
リンクが雄也に駆け寄る! が、リュージュラの目玉がギロっとリンクを捉える!
「キミハサァ……モット雄也君ト、クッツイテ居タインダロウ?」
「リンク! その眼を見ちゃだめだ!」
「え?」
突如光ったリュージュラの瞳。パンジーの忠告虚しく、リンクの瞳が光に吸い込まれてしまう! そのまま下を向き、笑みを浮かべるリンク。
「嗚呼……そうでした……雄也さぁん、何やってるんですか? パンジーとじゃなくて、私とくっつきましょうよ?」
水龍の扇を持ち、虚ろな瞳で雄也とパンジーを引き剥がそうと近づくリンク。うっすらと笑みを浮かべ、そしてそのまま……。
「リンク、待て!」
「だめだよリンク、目を覚まして!」
「水龍の扇――序――戦扇流の舞!」
リンクが放つ高速の舞に結界が揺れ、軋む。彼女の脳裏には、雄也と一緒に居たいという欲望が渦巻いていた。何倍にも圧縮された水流を含む最後の一撃に、雄也とパンジーが吹き飛ばされ、そして……。
「くそっ!?」
「嗚呼ーー!?」
強制的に引き剥がされた二名が後方の地面へと叩きつけられてしまう。翠色の結界が解け、融合が強制的に解除される。
「よかったぁー。やっと離れてくれましたね……。これでようやく雄也さんと……」
――おいおい、リンク。今は戦いの最中だぜ、あたいが目を覚まさせてやろうか?
雄也へ近づくリンクの背後から刃を突きつけた赤い髪の乙女。ピタリとリンクが歩みを止める。
――攻撃透過、接続! 吹き荒れろ! 戦嵐刃!
「ナ!?」
さらには、天まで届くかの巨大な真空の渦が、最終形態となった魔獣女王よりも高く巻き起こり、リュージュラの肉体を引き裂いていく! ガオを救出した和馬達が合流した瞬間だった。
「雄也ーー! どうなってる!」
巨大化した魔獣を見据えたまま背後に居る雄也へ声をかける和馬。
「和馬! 魔獣女王の瞳を視るな! リンクがやられた! 女王の瞳を見ると欲望が増幅されて、戦いどころじゃなくなる!」
倒れた状態のまま、雄也が和馬へ言葉を投げかける。
「え、なにそれ、私も欲望に塗れたいなぁ……」
「……ウインクさん、死にたいんですか?」
「ごめんなさいわかりました和馬様、集中します!」
「ナンダヨォ! セッカク面白クナッテ来タノニ……メンドクサイナァ……」
真空の渦が収まり、全身細かい傷がついた状態で女王が呟く。
「今度は俺が相手してやるぜ、女王!」
「私達のコンビプレーは最強よ!」
和馬とウインクが頷き合う。
「あれぇ? ファイリーさんも私と雄也さんの事、邪魔するんですかぁ?」
「リンク。こないだと全く逆じゃねーかよ。あたいが目を覚まさせてやるぜ!」
剣と扇をそれぞれ構えるファイリーとリンク。
魔獣牙城の戦いは、まだ終わらない。




