第119話 侍女悪魔の最期と水龍神の力
――おかしい……何かがおかしい……。
先ほどよりそう感じている者は雄也ではなく……。
「悪魔の羽根により滅びなさい! ――血塗られた羽根!」
上空に浮かんだフォメットの翼より放たれた漆黒の羽根が無数の刃となり、雄也達へと襲いかかるが、二名共高速移動により回避する。
――先ほどより明らかに速度があがっている。
水妖精は蒼眼妖精として名を馳せ、あのナイトメアに止めを刺した妖精だからまだわかる。問題は人の子。魔眼解放直後の変則的な攻撃、偽物パンジーとの戦闘。戦いの最中でさらに強くなっている!? フォメットは雄也の動きを具に観察していた。
「高位水爆砲!」
「高位魔法の詠唱破棄……ですか」
雄也に気を取られた瞬間、リンクが放つ回避不能の巨大な水球がフォメットの身体へ直撃し、攻撃に転じていた翼を畳んで防御する山羊姿の悪魔。
「そうですか……魔眼の解放は契約者の妖気力と魔力をも上昇させますか……」
フォメットが翼を畳んだ状態で上空よりゆっくりと地面へ降り立つ。
「力が漲って来るのが分かるのです。雄也さんの想いが溢れて来ます。だから負けないのです。シャキーンです!」
「フォメット、あんたには負けないよ。守るべき者がある限り、俺は負けない」
「……そうですか。ではその〝願い〟の力、打ち砕いて見せましょう。一つ目――地獄からの使者よ、漆黒の絶望となり、覆い尽くせ! 漆黒爆撃!」
だんだんと広がる闇。空間が闇で覆われる。無の空間。リリスとバイオラが使った最大級闇魔法。優希が居ない今、この魔法を止める事は出来ない。フォメットはそう考える。しかし……。
「……!? なんですか、それは!?」
リンクが優雅な動きで舞いを舞い、使役主と契約者の周囲を結界が覆っている。そして、リンクは扇を手にしていた。
「こっちの事、知ってるんじゃなかったんですか? これ、ナイトメアさんと戦った時にもお視せしてますよ?」
「……確か……水芭蕉のワルツ」
フォメットがその舞の名を口にする。
「やっぱりこちらの戦いは全部監視されていたんですね。その割に少しは驚いてくれているみたいですが」
「ええ……確かその舞は、ナイトメアの煉獄爆炎を一度止めた際、全ての魔力を引き換えに使った舞だった筈です」
「確かにその通りですよ、フォメットさん」
侍女悪魔の問いかけに笑って返答するリンク。
「ならば! 二つ目――血塗られた翼!」
漆黒の翼より先ほどの何倍もの羽根が放たれるが、ドーム状の結界が破れる事はなく、全て突き刺さったまま消滅する。フフ……と笑みを浮かべるフォメット。持っていた悪魔の杖を地面へ突き刺す。
「そうですか。あの時よりも、それだけ貴方方が強くなった……という事ですね。しかし、結界の中からどうやって攻撃をするつもり……ぐはっ!?」
刹那、フォメットの背後より強力な水流の光線が放たれていた。先ほどまで結界の中に居たハズの雄也が、いつの間にか背後に廻りこみ、水鉄砲より強力な水流閃光を放っていたのだ。悪魔の胸を圧縮された水の閃光が貫く!
「……今のは……見えませんでしたね」
「リンクが舞を舞ってくれている間、夢みる力を溜めて居ましたからね。それに、今のは強化水撃の力を閃光型に凝縮した特化型水流閃光ですから、貴女でも貫通するハズですよ?」
「フォメットさん、もう終わりです。パンジーを解放して下さい。貴女にもう勝ち目はありません」
次の一撃を放つべく、水鉄砲を構える雄也。防御体勢から一転、攻撃の舞を舞う体勢のリンク。もう勝負はついたかに見えた。
「誰がこれで終わりだと言いましたか? そろそろ頃合ですよ。ちょうど魂が還って来ました故、もう少し楽しみましょう」
「何の話だ?」
すると先ほど突き刺していた杖の先端、悪魔の彫刻の瞳が妖しい光を放つ。やがて杖全体へと光が広がり、フォメットへ照射される! みるみる侍女悪魔についていた先ほどの傷が癒えていく。
「な……!?」
「血の契約。強い力を持つ悪魔は妖精と契約を交わす事で、その妖精へ強大な力と永遠の命を与える代わりに、妖精が殺して来た者達の力と寿命を食べる事が出来るのです。リリスは下僕を作る事がお好きだったようで、このやり方はしなかったようですが」
「魂が還って来たって……どういう事だ」
「闇の国には私の眷属となった妖精が居る……という事ですよ? バイオラもその一名です」
「あの魔人形操士の婆さんか……!?」
雄也はミューナとバイオラの戦闘を思い出す。あの老婆が漆黒爆撃を使えた理由が今分かった気がした。
「そして契約した魂が死んだ時、分け与えていた力と共に悪魔の下へと還って来るのです。貴方方には嬉しいニュースでしょう? 血の契約をしていたバイオラとその仲間が死んだという事ですから」
それは、優斗達が無事に勝ったという事だろうか? だが、雄也に今考えている余裕はない。目の前に居る悪魔を止める事……それが最優先事項だった。
「さぁ、これで終わりです。久方ぶりに楽しませてもらいました。これはその礼です。三つ目――闇黒闘気!」
刹那、フォメットの身体中から紫色の禍々しい妖気が溢れだす。腕の筋肉が何倍にも膨れ上がり、負の妖気力が辺りに充満する。
「雄也さん!」
リンクの呼びかけに結界の中へ再び移動する雄也。恐らくこの妖気力の量はナイトメア以上だ。雄也は覚悟を決める。初めてナイトメアと対峙した際、身体中がガクガク震えていた時の事を思い出した。まだあの頃は戦いの経験と覚悟、強い意志が足りなかったのかもしれない。
「雄也さん」
「大丈夫、あの刻とは違うから!」
雄也の瞳にはまだ蒼く冷たい炎が灯っていた。
「行きますよ」
一瞬フォメットの姿が消えたかと思うと、結界の傍に出現する太い腕。一発一発が重い一撃。腕を振り下ろすだけでもの凄い衝撃音。地鳴りと共に部屋全体が揺れる。強力な蹴りと叩きつけにより、結界にピキピキと罅が入っていく。
「雄也さん、結界が持ちません!」
「大丈夫! リンク、このまま行くよ!」
ガラスが割れるかのような音と共に結界が消滅し、瞬間雄也とリンクが左右へ旋回する。フォメットが雄也を視界に捉え、彼の眼前まで瞬時に移動する。横に薙ぎ払った腕により雄也が吹き飛ばされ壁に激突する。内臓がやられたのか、口から血を吐く雄也。
「ぐはっ」
「雄也さん!」
「貴女も吹き飛びなさい!」
同じく腕でリンクを払い飛ばそうとするフォメット。……が、リンクは後退しつつも何かでそれを受け止める! 思わぬ事態に悪魔の表情が歪む。
「……これを止めるだと!?」
「フフフ、ここからが本番です!」
リンクが一閃、扇を返すと同時に、フォメットの腕から血飛沫があがる。漆黒の妖気をもろともせず、蒼眼妖精が舞の動きに合わせ山羊の悪魔を薙ぎ払い、斬りつけていく。回避不能の連続攻撃。最後の回転を加えた一撃により、悪魔の胸から腸にかけ、大量の液体が飛散した!
「水龍の扇――序――戦扇流の舞」
肩で息をするフォメット。笑顔で対峙するリンク。大量の傷を負ったフォメットが目を細める。
「……その扇……ただの扇では……ないですね」
「これですか? これは水龍神リヴァイアさんの力を封じた水龍の扇ですよ?」
扇の龍紋を見せつつ、シャキーンポーズを取るリンク。
「水龍神……なるほど、遥か昔、妖精界を水の力で支配しようとし、水精霊によって封印されたとされるあのリヴァイアですか……」
「それに……もう終わりですよ!」
リンクの声にフォメットが気づく。壁に激突していた筈だった雄也の姿が見えない。周囲を見回すフォメット。
「攻撃透過、接続! 水龍神よ、我に力を! 龍神水撃!」
――まさか、私を倒す者が現れるとは……。
声がした方を向いた時にはもう遅い。リンクが持つ〝水龍の扇〟の力が雄也の水鉄砲へと集積され、何倍にも圧縮された強力な水撃がフォメットを襲う。まるで大地を奔る龍のように悪魔を食らう水流は、そのまま壁へと激突する。雄也達を閉じ込めていた筈だった部屋の壁に大穴が開き、強大な力を持っていた悪魔の身体は消滅したのである。
「……あれ……僕……寝ちゃってたのかな……」
衝撃音により目を覚ましたパンジーが目をこすりながら周囲を見回す。水鉄砲を携えた一人の青年が、悠然と近づいて来る姿が見えた。
「え……雄也?」
フォメットが消滅した場所に落ちていた鍵で檻を開ける雄也。腕には大きな夢の欠片も掲げていた。
「もう大丈夫だよ、パンジー」
蒼い瞳は優しく温かい瞳へと変化している。その笑顔に思わず顔が赤くなるパンジー。
「と、当然だろ! リンクが居る訳だしな。それに使役主は契約者を助けるのが当たり前だろ!」
思わず顔を背けるパンジーに笑みが零れる雄也。
「パンジーさん、大丈夫ですかーー!? はわわ……さっきの電撃のせいか、まだ顔が赤いですよ?」
「わわわ!? リンク!? だ、大丈夫だよ。ほら、リンクの言葉借りるとぴんぴんですーーだから!」
両手をぱたぱたさせて元気アピールするパンジー。
「本当無事でよかったよ。そうだ、パンジー、ブリンクはどこ?」
「本当ですー。ブリンクが心配です!」
「わからない。でも魔獣女王が居た女王の間は分かるよ! 雄也、見た目に騙されちゃいけないよ! 奴、猫の着ぐるみみたいな格好なんだけど」
「猫の着ぐるみ?」
「なんだか可愛い格好なのです」
まさかの着ぐるみ発言に驚く雄也。
「何がヤバイってブリンクの光爪連飛弾でも無傷だったし、妖気力も全く感じなかったんだ。絶対奴はヤバイよ」
「そうか……分かった。とにかく魔獣女王のところへ急ごう!」
「ブリンクを助けてホーリーパールを手に入れるのです! シャキーンです」
三名が頷き合い、部屋を出て、廊下突き当たりにある女王の間へと向かう。
「この扉の奥に……」
「魔獣女王が……」
「行くよ、雄也、リンク……」
重厚な扉を開ける……が、そこには空の玉座、手前にお茶をするためのテーブルと椅子があるだけで誰も居なかった。
「雄也さん、あそこに何かメモがあります」
「ん……どれどれ? 僕が見るよ」
『きゃははははは! ようこそ〝びーすふぁんでぃあ〟へ! すごいね! これよんでるってことはフォメットたおしたんでしょ? みなおしたよ。めんどくさいけどおもしろくなってきたね。ぎょくざのうしろのかべからかいだんのぼってきてよ。あ、〝ホーリーパール〟もちゃんとよういしてるからとりにきて。まってるよーん。 リュージュラより 』
思わず緊張感を失いそうになる羅列された文字。その手紙は、ただでさえ妖精界の文字で書かれていて雄也には読めない内容だったのだが、実際のところ、かなり拙い字だったらしく、余計に暗号のように見えた。
「こいつ字汚いんですけど……」
「明らかに……」
「罠ですよね」
玉座の後ろの壁に触れると、階段が出現する。罠だと分かっていても、ホーリーパールを相手が持っていて、尚且つブリンクが捕まっている状況で、引き返す選択肢は雄也達にはなかった。
「よし、行こうか」
「行きましょう雄也さん!」
「僕はまだ温存しているから戦えるよ!」
三名がいよいよ決戦の地へと足を踏み入れる。




