第118話 侍女フォメットの能力
魔獣牙城にて、魔獣女王リュージュラの侍女フォメットと対峙する雄也とリンク。彼女の能力とは果たして……。
――おかしい……何かがおかしい……。
雄也はその違和感に気づいていた。戦闘開始直後から、雄也とリンクによる波状攻撃が繰り広げられていたが、いずれもフォメットに傷ひとつつける事が出来ない。
キマイラの身体を真っ二つにした、風結晶による水砲――はやぶさ。
岩をも砕く威力の強化水撃。
並の敵なら貫通出来る、リンクが放つ水流閃光。
フォメットの動きを翻弄しているかに見えた連撃であったが、いずれも手応えを感じるに至らなかったのである。
「貴方方の攻撃、その程度ではない筈ですが?」
「くっ」
フォメットが雄也の背後に回り込み、彼が振り返ったところに蹴りを入れる。水鉄砲と水鏡の腕輪によりガードする雄也。衝撃で地面を滑るようにして背後へ追いやられる。
「雄也さん!」
「貴女もですよ」
リンクが雄也のところへ向かおうとするが、既にフォメットは彼女の横へと移動しており、持っている杖の先端でリンクの心臓を突き刺そうとする。上体反らしで躱しつつ、迫りくるフォメットの猛攻を凌いでいくリンク。すると、フォメットの足下から突然淡い翠色の光が放たれる。刹那、侍女の身体が光の柱に包まれる!
「地結晶、セット! 花妖光弾!」
「大気に揺蕩う水の雫よ 今ひとつとなりて 彼の者へ向け爆散せよ! 高位水爆砲!」
雄也は水鉄砲を地面へ突き立て、地結晶の力を借り、パンジーとの攻撃透過で放つ花妖光弾をフォメットが居る地面より放ったのだ。リンクがその一瞬の隙を逃さず高位水爆砲にて畳みかける。高位水爆砲による巨大な水球は、遥か後方の壁へ激突し、そのまま爆散した。
「さすがー僕のリンクだね! まぁ……雄也もなかなかやるじゃん」
檻の中から戦いの様子を見ているパンジー。彼女は完全に観戦モードだ。
「その調子です。変化をつけた攻撃でないと私に傷ひとつつける事は出来ませんよ?」
「な!?」
「え?」
声がした瞬間、雄也は背後から突如放たれる手刀により弾き飛ばされ、リンクは蹴りにより、雄也とは反対方向へ飛ばされる。山羊の角を生やした褐色肌の侍女が悠然と立ち、嗤っている。広い部屋の遥か向こう、高位水爆砲が激突した場所には誰の姿もなかった。
「やっぱりそうだ……」
雄也は呟いた。この状態では彼女を倒せないと感じたからだ。一瞬侍女の姿が投影された映像のように揺らいだ気がした。先ほどから感じている違和感はそれだった。何度攻撃しても当たったように感じなかったのだ。それでいて、あの変則的な攻撃。恐らくこのままでは彼女の実体を捉える事も出来ぬまま、殺られてしまうだろう……そう、このままでは。
「どうかしましたか? 人間の子よ?」
リンクに背を向けたままゆっくりと、雄也に一歩一歩近づくフォメット。そうだ。すぐに殺すなら、とっくにやっているハズ……。そう、彼女は誘っているのだ。
「そうですか……貴女の主との戦いに備えて温存しておきたかったんですが、そうもいかないみたいですね」
「そんなに甘く見られていたとは心外ですね。私が持つ負の妖気力なら、既にお視せしているハズですが?」
「ですね。いきます! ――霊蒼の魔眼、解放!」
「……そう来なくては」
リンクを使役した状態で初めて解放する魔眼の力。背筋が凍るような冷たい空気が空間を支配する! 蒼く冷たく光る二つの瞳がまっすぐ侍女の姿を捉え、対する褐色肌の侍女は、この刻を待ちわびていたかのようにうっすらと笑みを浮かべた。
雄也が魔眼を解放した直後より、戦況が変わる。背後からフォメットが放つ蹴りを腕輪で受け止め、そのまま左手の指先から詠唱破棄で水流閃光を放つ。フォメットの身体を捉えるが、貫通する事はない。しかし、魔眼を通して視たフォメットの姿に雄也は確信めいた何かを抱いていた。彼は契約者へ合図を送る。
「リンク!」
「はい! ――水の戯れ<輝>!」
明滅する光を放つシャボンが空間を覆い尽くす。雄也は強化水撃を放ち、フォメットを強制的に後退させる。
「どんな攻撃も、私には効きませんよ?」
「それは、どうですかね? 光源水弾――拡散砲!」
水鉄砲から放たれた光源水弾は、無数の光線となり拡散し、シャボンに反射した光が放射状に広がっていく。やがて、光の檻となった浄化の光が四方八方より侍女の身体を照射した。
「――なるほど……最大級の浄化の力……確かにこれなら負の妖気力を強制的に排除出来る。さすが死線を潜って来ただけはありますね。人間の使役主さん」
周囲を覆う光が少しずつ晴れていく……。やがて、視界が晴れた時、赤と白が基調のメイド服を着た褐色肌の侍女の姿はそこにはなかった。
「獣人族……ではなかったのですか?」
リンクが目を細めた状態でフォメットの姿を見据える。白い霧のような靄が彼女の身体から湯気のように溢れ出ている。今まで放っていたものとは異質の、禍々しく重々しいオーラ。胸を強調した黒い下着のような衣装に、妖しい光を放つ宝石が散りばめられたガーターベルト。山羊の角と悪魔の顔を象った先端に刃がついた杖はそのままに、背中から漆黒の翼を生やした悪魔が君臨していた。
「私は魔獣女王に仕える身。あの姿はリュージュラ様をお慕いしての格好です。獣人族フォメットは仮の姿。本来の姿は……悪魔フォメットです」
悪魔はうっすら笑みを浮かべる。
「俺達に視せていたのは仮の姿という訳ですね。どうりで実体を捉える事が出来なかった訳だ」
「私の姿が仮の姿だと、よく見抜きましたね」
「貴女の姿が時折残像のように揺らいで見えました。元々パンジーの姿になっていた貴女です。負の妖気力であの姿を視せていたのではないですか?」
「ご明答。私は負の妖気力で様々な容姿に化ける事が出来る。そこのパンジーちゃんの能力はこの悪魔の杖でコピーしました故、変身は完璧だったでしょう?」
指を鳴らすと共に黒煙がフォメットを包み、悪魔はパンジーの姿へと変化する。
「でも、その禍々しいオーラは拭えませんね」
「残念だなー。僕、雄也の事好きなのにぃーー」
パンジーの姿でぱたぱた雄也の周りを回るフォメット。が、禍々しい妖気を完全には押さえこめていないようだ。
「な、僕そんな事言わねーーよ! 早く元の姿に戻れ! このクソメイド!」
檻の中からパンジーが叫んだところで再び元の姿へと戻るフォメット。
「さて、ここからが本番ですよ? 私を本気にさせた者が現れるのは何年ぶりでしょうか? ゾクゾクします。前回魔王が暴れていた頃はリュージュラ様は面倒くさがって戦いに参加していませんでした故、こうして戦える事に喜びを感じております」
雄也は思う。俺とリンクを誘い込んだ理由がなんとなくわかった気がする。こいつは間違いなく戦いを楽しんでいる。
――リンク、いくよ!
――雄也さん、いざという時は私もアレをやります。
――いや、大丈夫。絶対勝つよ。
――わかりました!
心の中で雄也とリンクが会話をし、両サイドへと旋回する。するとフォメットが持つ杖の先端より黒い煙が噴出する。深い闇を帯びた煙はだんだんと二つに分かれ、妖精の形を成し……見た事のある妖精の姿へと変化した。
「なるほどね……これがあんたの能力か」
「幻……ではなさそうです。実体があります……」
雄也とリンクの額に汗が滲む。フォメットが杖を掲げたままうっすらと嗤う。
「さぁ、どうしますか……仲間を殺したくはないでしょう?」
「雄也、リンク! それは偽物だ! 僕の事は気にせず殺ってくれ!」
檻の中からパンジーが叫ぶ。雄也とリンクの眼前には、可愛らしい衣装に身を包んだ羽根妖精と、セーラー服のような衣装に纏った猫妖精の姿があった。
「何言ってるんだよ! 僕が本物だよ、雄也、信じてよ」
「リンクにゃーー! うちリンクと遊びに来たにゃーー」
口を大きく広げ嗤う羽根妖精と爪を光らせペロリと舌舐めずりをする猫妖精。
「パンジー、心配するな! パンジーはこんな気持ち悪い笑い方しないだろ!」
「ブリンクは仲間を傷つけるような事はしないです! ぷんぷんです! 偽物は殺っつけるです!」
「なんだぁーー雄也、信じてくれないんだ……じゃあ僕とリンクの未来のために死んで!」
偽物のパンジーが雄也に向って矢を放つが、脚に溜めた夢みる力を弾き、高く跳びあがり回避する雄也。
「リンク、一緒に遊ぶにゃーー光源弾にゃーー!」
偽物のブリンクが放つ光源弾を素早く避けるリンク。
両者が同時に動き出す!
★ ★ ★
「麻痺乱射!」
「――凍氷連弾!」
上空に跳びあがった雄也に向って麻痺効果を籠めた矢を偽物が放つが、雄也は全て凍らせ撃ち落とす。
「甘いよ、雄也。蔓縛り!」
しかし、雄也が着地したところに花妖精による蔓が待ち構えていた。雄也の脚が絡めとられたのだが……。
「パンジーならそう来るよね。水泡――はやぶさ!」
「おっと!」
脚を縛りあげられた状態にも関わらず、偽物へ向けて風刃を放つ。高速の風をギリギリのところで避ける偽物。
「熱水圧弾、熱柱陣!」
地面に突き立てた水鉄砲より火属性の水が地面へと解き放たれ、植物の蔓が全て焼き切られる……そして……。
「うわっと、ちょ、ちょっと待って! 嗚呼!?」
地面から間欠泉のように連続で放たれる熱水の柱により、偽パンジーの服が焼き切られ、肌に火傷を覆う。自分の裸体を客観的に見て、たまらず檻の中から叫んだのはもちろん……。
「うわっ、ちょ、雄也! 僕の偽物上半身裸になってるじゃん! 他のやり方で倒してよ! 偽物の身体でも見るなよ! 負の妖気力で出来た僕なんて、気持ち悪いから早く倒しちゃってよ!」
「あ、ごめんパンジー。……って、そうか確かに正の妖気力を感じない!」
偽物の胸が丸見えの状態になってしまい、思わず本物のパンジーが雄也に向かって叫ぶ。そして、雄也は気づく。今対峙している偽物は負の妖気力しか感じないのだ。
「ちっ、煩いですよ、静かにしててもらえますか!」
「うぅ!」
「パ、パンジー!」
その様子を見て舌打ちするフォメット。囚われた檻に電撃が流れ、本物のパンジーが気絶してしまう。
「安心して下さい、殺しませんよ? そういう戦い方をしてしまうと、貴方方の本気が見れないですからね」
「どっち向いてるのぉー雄也ーー。裸になった僕の身体を見てよ? 今許してくれたら、何でもしてあげるよ?」
上半身の裸体を曝したまま偽物が雄也へと迫って来る。雄也は水鉄砲を突き立てたまま、そのまま目を閉じる。彼が観念したのかと思い、偽物は雄也の脚を蔓で縛り、笑みを浮かべたまま近づいていく。
「あれぇーー? 雄也ーー? もう諦めたんだ? いいよー。僕がいっぱい気持ちいい事してあげるから。そうだ! 触手のヌルヌルした粘液で一緒に気持ちいい事しよっか?」
「……本物のパンジーはそんな事しないよ!」
次の瞬間、雄也がカッと目を見開く! 偽物の居る地面から光柱が天井まで伸び、偽物の裸体を包み込む!
「カッ! グハッ!」
「光源水弾――祝福の柱」
そのまま花妖精の偽物は光の中で消滅した。
★ ★ ★
「行くにゃーー! 光爪連飛弾にゃーー!」
マシンガンのように放たれる光る爪弾を走りながら回避するリンク。走る方向へ偽物ブリンクが並走する。
「光源弾にゃーー」
「水爆砲です!」
「光印爪にゃ!」
「水流閃光!」
光源弾を水爆砲で相殺し、素早く放たれる爪による連撃の動きを水流閃光でなんとか抑え込む。
「さすがリンクにゃーー! 光爪連飛弾にゃーー!」
「さすがですね、偽物ブリンクさん。貴女の攻撃スピードだと、舞いを舞う事すら出来ません……」
そう、リンクは詠唱破棄の魔法で応戦しているものの、偽物の攻撃スピードが余りに速いため、舞いを舞う事が出来ずに居たのだ。複数名での戦いであれば、誰かが敵を惹きつけている間に舞いを舞えばいい。或いは、相手の速さが普通であれば問題はなかった。
「光印爪にゃ! 光印爪にゃ! 光印爪にゃ!」
光の爪撃によりリンクの腕が引き裂かれ、返り血がブリンクにかかる。
「――うわっ、ちょ、雄也! 僕の偽物裸になるじゃん! 他のやり方で倒してよ! 偽物の身体でも見るなよ! 負の妖気力で出来た僕なんて、気持ち悪いから早く倒しちゃってよ!」
その時、パンジーの叫び声が聞こえた。リンクがその発言にピクリと反応する!
「え? パンジーの偽物さんが裸!? 待って、雄也さん!」
「どこ見てるにゃーー光源弾にゃーー!」
「しまっ!?」
リンクのお腹に光源弾が入り、そのまま壁へと激突してしまう。しかし、この時、彼女は下を向いたまま笑みを浮かべていた。
「リンク、終わりにゃーー。次で決めるにゃーー」
偽物の爪が光を放ち始めたその時……。
「……ブリンクさん、あそこにお魚がいっぱいありますよ!?」
「え? 魚にゃ? どこにゃ? おんぷおんぷにゃーー!」
リンクが指差した先には本物のパンジーが気絶してしまっている檻があった。偽物は四つ足で檻の周りに魚がないか探し、諦めてリンクの下へと帰って来る。
「リンク酷いにゃ……魚なかったにゃ……」
「ごめんなさいブリンクの偽物さん。水の戯れ<静>」
偽物が魚を探している間、リンクは優雅に舞いを踊っていた。負の妖気力を浄化するシャボンが空間を満たすのに、時間はかからなかった。
「なんだにゃーーなんだか眠くなって来たにゃ……」
「偽物でもブリンクはブリンクですね。おやすみなさい、偽物さん」
偽物は丸くなり、文字通りそのまま眠りにつき……そのままシャボンが割れると共に消えていった。
リンクが戦いを終えた姿を見届け、雄也が声をかけた。
「リンク! そっちは大丈夫か!?」
「雄也さん……偽物パンジーの裸……見てませんよね?」
「え? 嗚呼、も、もちろんだよ!」
「雄也さんを誘惑するなんて許せないのです、ぷんぷんなのです!」
頬を膨らませたリンクの頭を撫でてあげる雄也。思わず気持よさそうな表情になるリンク。
「さて……後はあんただけだよ、フォメット!」
「そうですか……仕方ありませんね」
漆黒の翼をはためかせ、フォメットは上空へと飛びあがった。




