★第107話 銀髪双子妖精の運命 後編
「レイアお姉しゃーーん! 今日は何して遊ぶ?」
「レイアーー今日もおいらに剣の稽古つけてくれよ」
「れいあ、れいあ、あそぶー」
「レイアーーこっちこっちーー」
彼女を輪になって取り囲むようにしてはしゃいでいる子供達。背の低い女子妖精に、やんちゃそうな男の子妖精。大人しめな子に、羽根が生えている子も居る。
「はいはい、順番にねー」
そんなレイアと子供達が居る広間へ、葉巻をくわえ、燻らせたまま髭面の男が入って来た。
「ノア煙たーーい」
「ノアーーおいらに剣の稽古つけてくれよー」
「ノアーけむりくちゃい」
「ノアもあそぼあそぼー」
髭面で騎士風な男が入って来る姿を見て、子供達が駆け寄る。レイアはその様子を見て目を細めた。
「ノア、葉巻は向こうでふかして。子供達に悪影響でしょう」
「まぁそう言うなレイア、しかしお前、すっかりこの聖家のお母さんだな。すっかりこいつらも懐いちまってるしな」
新しい家族として紹介された子供達は、皆身寄りのない子供の妖精達だった。闇の国には似つかわしくない街外れの小さな教会。この聖家をお世話をしているノアは闇夜大国で剣聖と呼ばれる騎士だった。彼は己の力を磨くため、妖精界を渡り歩いた際、聖魔大国にてビクトリアと出逢ったらしい。荒廃した闇の国を少しでもよくするため、闇夜大国の女王に仕える傍らで、聖魔大国より連れて来たシスター、テリアと共にこの教会を建てたのだという。
「みんなーーご飯が出来たわよーー」
黒と白の修道服を身につけたシスターの合図で、広間から食堂へと向かう子供達。レイアとノアも子供達に続く。
「やったぁーご飯ご飯」
「ご飯食べたら剣の稽古だーー」
「ごはんごはん」
「わーいわーい」
「行こうかレイア」
「ええノア」
平穏な日々だった。子供達と過ごす楽しい日々。荒廃した街だが、聖家は居心地がよかった。ノアの任務がない日には、剣聖として名を馳せた彼に剣術と闇属性の能力の使い方を教わる。そして、シスターの家事とお勤めを手伝いつつ、聖属性の回復魔法を教わった。元々素養があるのか、レイアは数回繰り返しただけで魔法や能力をどんどん覚えていった。時折起こる発作は相変わらずだったが、シスターの光魔法とノアの闇の力により最近は落ち着いていた。このまま平和が続けばいい……レイアはそう願う。
「ふぅ、やっと寝静まったか、子守も一仕事だな」
夜……二階のバルコニーにて葉巻をふかすノアの下へ数匹の蝙蝠が飛んで来た。蝙蝠は煙を纏い、やがて漆黒の妖気と共に魔女ような姿へと変わる。
「剣聖もここじゃあすっかりパパね、ノア」
「おいおいルージュ、女王自らこんなところに来ていいのかよ」
その名と同じ色をした口紅とマニキュア。漆黒のドレスと黒い翼が美しい女王。紅い瞳は全てを見透かしてしまいそうな妖艶さを放っている。
「フフフ、城は退屈なのよ。闇夜は私の世界。それに、魔族が悪さをしないようこうして見回りする事も、大事な女王の仕事よ」
闇夜の魔女として名を馳せる、闇夜大国の女王ルージュ。普段はルーディア城にて、絶大な力を持つ魔女として君臨する彼女。そんな闇の女王が街外れの小さな教会へ降り立っているなど、誰も想像しないのである。
「で、退屈しのぎにここへ来た……って訳でもないんだろ?」
ノアが燻らす葉巻の煙が闇に紛れ、静寂と共に消えていく。
「フフ、今日は忠告しに来たのよ。最近魔族の動きが慌ただしいわ。先日も聖魔大国を鳥獣軍団が攻めたらしいの」
「俺には関係ない話だな」
「フフフ、そうでもないわよ? その鳥獣軍団を神聖光射で一掃した者が居るの。誰だと思う?」
「どうせ、ビクトリアか誰かだろ?」
興味無さそうな態度を取り、バルコニーの白い柵へともたれかかるノア。その様子を見て可笑しいわね、といった表情で口元を緩ませるルージュ。
「フフ、そう思うでしょう? でも、違うの。ビクトリアの娘、ミューナ・ホワイトよ?」
「な!? 馬鹿な!? まだ八歳の女子だろ!」
「あら、興味ない言いながら、よく八歳って知ってるわね? まぁ、当然よね。そんなミューナの姉を貴方は匿っているんだから」
その言葉を聞いた瞬間、溜息を漏らす剣聖。
「まぁ、そんなこったろうと思ったぜ。で、うちのレイアをどうする気だ? 兵器にしようって言うなら俺はお前を止めるぜ?」
「あら、貴方程度の力で私が止められると思って?」
刹那、闇の妖気をノアへ向け放出するルージュ。しかし、並の妖精なら正気を保てないであろう威圧に動じないノア。その様子を見て満足そうに艶めかしい表情となるルージュ。そっとノアの頬へ指を滑らせる。
「私の妖気に呑まれない……嗚呼……やっぱり貴方は素敵ね。心配しないで。さっき言った筈よ、忠告に来たって。今レイアが此処に居ると知る者は私くらいよ。でも、誰かが存在を知ったなら……彼女の命は狙われるわよ? うちの幹部に知られるのも危険でしょうね。そうね……バイオラなんかにバレたらおしまいよ?」
「まぁ、あの婆さんなら妖体実験やりかねないな。心配するな。ビクトリアも俺を信用して預けたんだ。俺の眼が届くうちはレイアの命は保証するぜ」
「フフ……そう言うと思ったわ。でもビクトリアを信用するなんて妬けるわね。私を頼ってもいいのよ? ノア坊ちゃん!」
「お、おい、その言い方やめろ!」
「フフ、昔の好でしょ。幼馴染なんだから。剣聖として、貴方の家系はずっと昔から私達王家を守る家系だったものね。呼び捨てで私を呼んでいいのは今も昔も貴方だけよ、ノア」
「ちっ、べつに俺はお前の事なんともおもっちゃいねーぜ、ルージュ」
お前と話すと調子が狂うと言わんばかりの表情で視線をそらすノア。
「フフフ、その表情が見られただけで私は満足よ。じゃあね。貴方なら心配要らないとは思うけど……気をつけなさいね」
そう言い残し、蝙蝠の姿となり、彼女は闇夜へ飛び去って行くのであった ――
闇夜の密談より月日が流れたある日……。この日も子供達とレイアは食堂で朝ご飯を食べていた。ノアは緊急出動命令により、朝から任務へと駆り出されていた。
「ねぇねぇレイアお姉しゃん! 今日あたちにも回復魔法教えてー!」
「駄目だよ、今日はおいらと剣術をやるんだい」
「レイアレイアおにごっこーー」
「ぱすたおいしーーい」
「はいはい、今日も順番にねー」
いつもの微笑ましい光景だった。最近ノアが緊急任務で留守にする事が多かったが、この小さな教会の中はいつも平和だった。シスターと目があったレイアは笑顔で頷き合う。
「今日は外がなんだか騒がしいわね……」
この時窓の外に、昼なのになぜだか夕日のように燃えるようなオレンジが見えた気がした。レイアもシスターの呟きに、なぜだか胸騒ぎがした。今日は胸が疼くのだ。
―― きゃぁああああああああ!?
外から突然悲鳴が聞こえると共に、窓が割れ、破片が食堂に飛び散る。同時に眼前の景色が一瞬で吹き飛び、轟音と共に聴覚が支配された。自らの身体が宙に浮き、飛んでいく感覚があった。次にレイアが目を覚ました時には、食堂の天井も、教会の礼拝堂も、目の前にあった筈のパスタの皿も、何もかもが瓦礫の山に埋もれてしまっていた。
「……痛っ……みん……な!?」
自身の足から赤い液体が一筋流れている。頭に触れると、額も赤く滲んでいるようで、掌が赤で覆われてしまう。シスター……みんなは? 子供達とシスターを探すレイア……。
「……お姉……しゃん……」
背後からの声に反応するレイア! 女妖精の傍へ急いで駆け寄る。
「リンゴ! 生きていたのね! すぐに回復……!?」
回復……すり傷を治した事はあった。自分の額に出来た傷や足の傷くらいならきっと治せるだろう……。しかし、レイアの眼前に居る女の子は、下半身が欠損し、赤い溜まりに浸かってしまっていたのだ。
「あり……がとう」
「リンゴ! リンゴ!」
そのまま目を閉じ、首が落ちる幼子。回復魔法で回復しようにも止めどなく流れる血を止める事は出来ない。失った身体が戻る事はなかった。周囲を見回して気づく。シスターと子供達は皆、身体の一部を失い、瓦礫の中で横たわっていたのだ。
ところどことで煙があがる街並、何者かの攻撃により破壊されていく建物……。天井が消えてなくなり、周囲の景色はよく見えた。逃げ惑う住民達。平穏な日々から一転、ここは……。
―― 地獄……。
「うぅ……!?」
胸が痛い……そのまま蹲る銀髪の少女。胸が苦しい。哀しみ……虚無……負の感情が身体の中から溢れて来る……どうしてこんな事を……感情が……止まらない……。
「……助けて……ノア……」
レイアの身体から黒い影のような物が溢れ、煙のように身体を包む。銀髪を逆撫で、紅く光った虚ろな瞳。瞳から一粒の雫が落ちた瞬間、周囲の空間を覆うかのように黒い影は増大し、影の巨人のようにその場に君臨した。
レイアの姿はその場から消失した ――
「おい、何がどうなってる!?」
戦場に横たわった老婆の胸倉を掴み、ノアが叫んだ。
「失敗じゃよ。聖魔術賢団の守護士を人質に銀眼妖精を手に入れようとしたんじゃがの。まさか暴走するとは……。あれはもう誰にも止められんよ。聖魔大国も闇夜大国ももう終わりじゃよ……ひーひっひっひ……!」
気づけばノアが老婆を殴りつけ、老婆は後ろに飛んでいった。
「バイオラ……お前何をやったか分かっているのか!? 命をなんだと思ってやがる!」
遠くの街からの轟音が、地鳴りと共にノアの居る場所へも届く。街からは炎があがり、まるで夕暮れ時のように空が染まっていた。
「ちっ!?」
バイオラを許す事は出来ない。だが、街の住民を助けなければ……。銀眼妖精と奴は言った。あの火の手の中にミューナ・ホワイトが居るのだろうか……。そして、再び巻き起こる衝撃と共に、遠くから黒い影のような柱があがる様子をノアが捉える。
「なんだあれは!? あれは教会の方角……まさか!?」
額に滲む汗をそのままに、ノアは教会へと走る。
今日の銀髪人形は白いワンピースを着ていた。光の球体内部には両手で銀髪の人形を抱えた少女が、銀色の瞳を光らせ宙に浮かんだままゆっくり球体と共に浮遊し、街の上空をゆっくり、ゆっくり移動していた。人形の両目から赤い一筋の光が放たれる。光はあらゆる建物を裁断し、爆発音と共に火柱があがった。
「オ姉様……綺麗ダヨ……紅イ、オ花畑ダヨ……」
虚ろな瞳の少女はうっすら笑みを浮かべる。お花畑で姉と戯れる光景が見えているのであろうか……突如起きた惨劇に逃げ惑う妖精達……。燃え広がる炎。一瞬で闇夜大国の街は悲劇の惨状と化していた。再び人形が光を放たんとしたその時、ミューナを包む球体を黒い光が襲った。
「!」
球体にわずかだが罅が入る。ミューナの眼前には黒い影の巨人が立ちはだかっていた。
「オ姉様ト遊ンデルノ……邪魔シナイデ!」
人形から放たれる赤い光……だが、光は黒い影をすり抜け、背後にあった建物が爆発し、吹き飛ぶ。黒い影から黒い光が照射され、衝撃と共に光の球体が割れる。ゆっくり地面へ降り立つ少女。銀色の瞳は光ったままだった。
「邪魔……シナイデ!」
赤い光ではなく、ミューナの全身から真っ白の光が放たれる。同時に黒い影が黒い光を放つ。白と黒。聖と闇。相反する光が周囲を覆い、結界の中、空間が隔離されるかのように光はドーム状に街を覆った。
ドーム状の光が消滅した時……黒い影の巨人とミューナ以外……瓦礫も妖精も、獣人も何もかも……全てが消滅し、まっさらな大地のみがそこにあった。
「レイア! もうやめろ! 闇に呑まれるな!」
レイアが中に居るであろう巨大な実体化した黒い影の前に立ち、叫ぶノア。
「レイア……オ姉……サマ!?」
レイアの名前を聞き、その場に蹲るミューナ。黒い影の巨人は雄叫びをあげ、空気が振動する。この時、上空から数匹の蝙蝠が現れ、全てを見透かすかのようにノアの横に一名の女性が降り立った。
「……ルージュか」
「皮肉なものね……自らの運命を知らずして産まれて来た双子妖精……普通なら感動の再会の筈が、国を破壊する兵器となってしまうなんて……ねぇ、ビクトリア」
闇夜の魔女が見据える視線の先には、蹲るミューナの頭に手を置く聖衣を纏った女性。それは、ビクトリア・ホワイトだった。
「ビクトリア!」
突如場に現れた聖魔の巫女の姿を見て、思わず叫ぶノア。
「ノア……それにルージュ。悪かったわね。この子はまだ不安定。目の前で守護士達が死んでいく姿を見て、ここまで暴走するとは思わなかった」
「ビクトリア。今回はうちのバイオラが単独で仕出かした事。聖魔術賢団の守護士達の命は、この街の住民達の命を持って償いとさせて欲しい」
「私も好んで戦争したいなんて思っちゃいないわ。貴女の国の者達の説得、ちゃんとやってちょうだいよ、ルージュ」
「フフ……分かっているわ。バイオラを始め、数名戦闘狂の幹部が居るから、私の力で制御しておくわ」
―― グォオオオオオオオオオオオオオオ
再び咆哮をあげる黒い影の巨人。黒い光を放つがビクトリアが瞬時に魔法陣を展開し、闇は吸収される。
「おい、ルージュ、ビクトリア。この巨人は……本当にレイア……なのか!?」
「ええノア……恐らくレイアの身体を触媒とし、邪神が復活しようとしているのね」
「貴女と協力するのは癪だけど、やるわよ、ビクトリア」
「そうね、ルージュ。しばしの休戦協定ね」
聖魔の巫女と闇夜の魔女が手を取り、呪文の詠唱を始める。
「「夜は闇、朝は光。眠りは安らぎ、目覚めは希望。二つの意思は一つとなり、明日の夢見を切り拓く―― 桃源郷の祝福!」」
闇と光が優しく混ざり合い、明滅する光となって銀眼妖精の少女と影の巨人とを覆い尽くす。ルージュとビクトリア。聖と闇、最強の力を持つ二名の力で影は消滅し、そこには横たわるレイアと、そして、ミューナの姿があった。
「レイアお姉様、一緒に遊びましょう!」
「ええ、行こうミューナ」
幻想の中、白い花が咲き乱れるお花畑で遊ぶ二名の少女。夢の中で二名は笑う。その姿を客観的に見ているかのように、だんだんと二名の姿は小さくなり、記憶の奥底へと沈んでいく。
楽しかった日々は思い出として記憶の奥底に刻まれ、妹には姉を思う愛情の渇望のみが残る。
楽しかった日々は相反する邪神の呪いを封じるための箍となり、姉は闇を制御する術を身につける事となる。
その代償として……。
―― ミューナは感情の一部を失い……
―― レイアは聖魔大国、ミューナの記憶を失った。




