第103話 光の国と東の聖地
水の都での出来事を終え、雄也達はとある場所へ移動していた。そこで再会を喜ぶ双子の妖精。光の国の双子妖精と言えば、まず彼女達を思い浮かべる事だろう。
「優斗ぉおーー逢いたかったわーー優斗ぉおーー」
「いやぁー、ライティさーん、俺も逢いたかったですよーー」
優斗の平らな胸に自身の顔を擦り寄せている双子妖精の姉。しばらく逢えなかった反動か、お酒を飲んでいないのにもかかわらずイチャラブしようとしている。
「お帰り、ブリンク」
「レフティただいまにゃー!」
ブリンクの頭を撫で撫でしている双子妖精の妹。光妖精が包み込むように猫妖精を愛でている姿は美しく、見ていて目の保養になる。
「優斗、いつも戦い続きで身体が心配だわ。だからぁー、私と奥の診察室でぇーー、どこか診察してあげるわーー」
「い、いいんですかーー? 光妖精の神聖なる診察を受けちゃっていいんで……す……」
―― はーい、そろそろ時間よー。優斗ーー。
優斗の脳内で女性の声が再生された次の瞬間、彼とライティの間に滑り込むかのようにブロンド髪の妖精が現れ、彼と抱き合う形となり……。
「な!? 私の……私の優斗がぁーー」
「優希お姉様にゃーー」
愛しい人の平らな胸が目の前で消失し、涙を浮かべて、震えながら後ずさる姉妖精。一方猫妖精は、待ってましたと言わんばかりに桃色のオーラを放つブラウンヘアーの女性が持つ、芳醇な果実へとダイブする。
「ちょっと、ルナティ! だから勝手に融合したら駄目だってば!」
―― こうでもしないと私を差し置いてお医者さんごっこでも始めそうな勢いだったじゃない?
融合したルナティが直接優斗の脳内に語りかけているようだ。姉妖精と入れ替わりで妹妖精が瞳をキラキラさせてゆっくりと、優希ちゃんの腕に自身の腕を滑り込ませる。
「優希さん……私のために女性姿となって下さったんですね。ありがとうございます……」
「え? レフティさん……近いですよ……きゃっ……やめっ、首筋に吐息が……」
「にゃーー優希お姉様ーー」
左側には首筋に顔を近づけ身体を刷り寄せた光妖精の妹。右側には果実と腋の間に顔を刷り寄せ、芳しい乙女の香りを堪能している猫妖精。光妖精による光妖精サンドイッチに両者の頭を撫でつつ恍惚な表情を浮かべる優希。
―― まぁ、乙女達の戯れなら私としては大歓迎だから、しばらくはこのままにしてあ・げ・る。
―― はふっ……ルナティ、心の中で話しているにもかかわらず、耳元で囁くかのような器用な真似しないで!
レフティとブリンク、さらにはルナティから脳内に直接精神攻撃を受け、誰かが止めないと規制が入りそうな勢いだ。いつ止めてあげようかと遠巻きに見ている残りのメンバー……。
「優斗……いや、優希ちゃん、完全に女口調だよな。最早女口調がだんだん様になってるし……」
「くっそーー。僕、あれ見ると自信喪失しそうになるよ」
「パンジーは可愛くて魅力的だから大丈夫だよ」
「本当? リンク! リンクに言われたら元気百倍だよー」
まずは、優斗達を遠目で見ている雄也組。花妖精は、自身の平らな蕾とTS娘のたわわに実った双丘とを見比べては溜息をついていたのだが、愛しい水妖精の励ましにより復活を果たすのである。
「てか、これ、いつまで経っても本題に進まねーじゃないか……」
「あいつら人前でよくあんな事出来るよな……」
「えーー、和馬ぁあーー私達も一緒にいい事しましょーー」
「ちょ、やめ、ウインクさん!」
続いて同じく乙女達の戯れを呆れるように見ていた和馬組。和馬が話を戻そうとするも、こちらも約一名、同じ展開に持ち込もうとしているようだった。そして、もう一人、その様子を静観していた人物が室内に入って来る。
「しばらく見ない内に、なんだか凄く賑やかになっているね」
久し振りに聞く優しいトーンの声に、雄也達が声のする方向を一斉に見る。
「い、院長いつの間に! も、戻って来ていたんですね」
顔を真っ赤にして慌てて優希ちゃんから離れるレフティ。
「エイトさん!」
「久し振りだね雄也君、僕に用があって来たんだろ? 中に入るといい」
診療所奥、院長室へ入るように男 ――如月エイトは促したのである。
「なるほど、それでみんな、聖魔大国へ行きたいと?」
雄也達は、エイトへこれまでの経緯を簡単に話す。院長室には人間界の応接室にあるような革製の黒光りしたソファーが配置され、雄也達人間三名がそこへ座り、周りを妖精達が囲んでいた。メンバーが多かったため、ブリンクとパンジーは外で遊ばせている。エイトの横にライティ、レフティは皆へお茶を配っている。
そう、エレナ王妃がビクトリア・ホワイトとの通信を終え、彼女が雄也達へ告げた話は一筋縄でいく話ではなかった。聖魔の巫女が管理していた筈の属性宝石は、既に奪われてしまっていた。まずは早急に聖魔大国へ渡る必要があったのだが、聖魔の巫女が張った制限結界は強力で、一時的な解除も危険を伴うために出来ないという。
「そうなんです。光の国は元々聖魔大国と関連があるという話を聞きました。エレナ王妃や十六夜の力を持ってしても、制限結界が展開されたあの大陸へ連れて行く事は難しい、と聞きまして。エイトさんなら何か知っているんじゃないかと思いまして」
十六夜とエレナ王妃からの助言により、雄也達はルナティの夢渡りの力を使い、ここ光の国、ブリンティス村へと来ていた。人間の夢見る力や、妖精界の様々な事象を研究しているエイトなら、何か知っているのではないか? という事だった。
「レフティ! あの本を持って来てくれ!」
「あ、あれですね! すぐにお持ちします」
お茶を配り終え、お盆を下げようとしていたレフティへ、エイトが声をかけ、何かに気づいたかのように、レフティが一旦本を取りに行くために席を外す。
「なぁ、エイトさん。あんた、その魔王ってやつと対峙した事あるんだろ?」
和馬が意を決したかのように、その話題に触れる。
「……そうだね。思い出したくもないさ。僕はあの日……大切な人を守れなかったからね……」
「トウドウサクヤさん……ですか」
「綺麗な女性だったよ。穢れを知らない心、誰とでも仲良くなれる性格。彼女は素敵な笑顔の持ち主だった」
エイトが遠い目をしていた。
「でもエイトさん達は妖精界と人間界を救った英雄なんですよね?」
「僕は何もしていないさ。シュウジやサクヤが救ったと言っても過言ではない」
そんな事はない筈だ。恐らく人間と妖精、パーティの誰が欠けてもベルゼビアを封印する事は出来なかったのだろう。仲間という存在の大切さを、雄也は今、誰よりも理解している自信があった。エイトはきっと、今も過去と戦っているのだ。
「エイト様は少しでも誰かを救いたいという思いから、今も妖精界へと残って下さっている。私達はそんなエイト様の御力に添えるよう、こうして傍でお世話させていただいているのです」
そこへ何か読めない象形文字のような文字が表紙に描かれた、古く分厚い書物をレフティが持って来る。エイトはそれを受け取り、目的のページを開いて雄也達へ提示する。
「雄也君、ここに描かれた場所に見覚えはないかい?」
左ページに、大きな広間のような場所を描いた絵が描いてあり、右ページには解説文であろう文章
が書かれている。優斗、和馬、他の面々も覗き込む。
「何だ? この絵が何か意味があるのか?」
和馬が首を傾げる。
「うーん、何かどこかの王の間みたいだね。玉座があって、その奥にどこかの国の紋章みたいなものが大きく壁に掲げてあるし」
雄也がその絵になぜか既視感を覚えていた。明らかに古い書物。この本が出来た時代に雄也は生きている筈がない。だが、どこかで見た事があるような気がした。玉座の奥に古い紋章? ……どこかで……。
「これ……〝アルティメイナ〟の紋章じゃないの?」
その口を開いたのは、今まで沈黙を守っていた妖精達の中から、本を覗き込んでいたルナティだった。
「アルティメイナ……あ!」
「雄也さん、何か思い出したんですか?」
雄也は何かを思い出したかのように手を叩く。リンクがその様子に続く。
「雄也君、気づいたみたいだね。僕もあの時、あの場所に居たからね。この本は光の国の歴史を綴った古い書物なんだよ。古代アルティメイナ語で書かれている。この絵に描かれている場所は、雄也君、君達がナイトメアを撃破した後出現した、あのアルティメイナの玉座の間だよ」
ナイトメアを倒した後、魔界のような場所から元の玉座の間へと景色が変わった際、大きな紋章が壁面に掲げられていたのだ。雄也はその紋章を、おぼろげながら記憶していたのである。
「そういえば、紋章、ありましたね。私も思い出しました! シャキーンです!」
「そういえば、紋章。あったね。うんうん、あったあった」
リンクがようやく思い出したようでシャキーンをしている。そこに続いた優斗は……覚えてないんだろうね、きっと。
「あたいはその玉座の間には行ってないからな」
「だな。グランドグールを倒していた時だよな」
「……ちょっとぉー、みんな勝手に盛り上がってるけれども、私に至ってはまだ夢の都でアルバイト中よ」
ファイリーと和馬、それから外で遊んでいるパンジーは、ブライティエルフ攻防戦に参戦していたため、この玉座の間を見ていない。当時仲間ではなかったウインクがなぜか悔しそうな表情をしている。
「よし、皆気づいたところで話を進めようか。かつて一貴族が築き、滅んだと言われる北東の古城〝アルティメイナ〟。この話には続きがあったんだ。本にはこう書いてある。
『メイナ族が築いた証を玉の裏へと刻み、我等は次なる地、東の聖地へと向かう。我等メイナの民に栄光あれ』
少し要約しているけど、そんなところだね」
「東の聖地?」
雄也がその言葉に反応する。
「確か聖魔大国は、この世界の魔法を創った聖魔の巫女が築き、様々な種族の民を受け入れていったと言われているわ。もしかして、メイナ族のエルフの生き残りが、聖魔大国へ移住したって事?」
ルナティの発言に、エイトが頷いた。
「恐らくそういう事になるね。この本によると、聖魔大国に通じる秘密のルートが残されている可能性がある、という事だ」
エイトが笑顔になったところで、みんなが明るい表情となった。
「よっしゃーー、じゃあ聖魔大国へ行こうぜ!」
「だな。早くホーリーパールってのを手にいれようぜ!」
和馬とファイリーがハイタッチを交わす。
「待ってくれ。みんな、本気なんだね。魔獣女王と魔王ベルゼビア。ただでさえ、強い相手だ。僕から最後の忠告をするよ。僕は今までたくさんの戦いを見、体験して来た。たくさんの仲間達の死を経験し、今の僕が此処に居る。この先、どんなに辛い事、哀しい事があっても、君たちは魔へ立ち向かっていく、その決意があるかい?」
エイトが意を決した表情で雄也達をじっと見た。その視線に重圧を感じる。
「はい。もう俺の前でこれ以上仲間を失いたくない。俺はもう逃げません」
「雄也さんが居れば、私は大丈夫です、シャキーンです」
「俺もルナティを失いかけた時、同じように思ったしね。ここで船を降りる事は出来んやん?」
「私も優斗についていくだけよ」
「俺はまだ覚醒してない。覚醒するかも分からない。だが、魔の存在が世界を脅威に陥れようとしていて、それを知っている俺が此処に居る。俺の力で世界を救えるのなら、もっと強くなって、魔と対峙するのみだ」
「よく言ったぜ、相棒。あたいも右に同じだ」
「和馬ーー惚れ直しちゃうわーー。……いつも冗談言ってる私だけど、風の都を好き放題荒らす親玉なんてほっとけないわね」
皆の意志が一つになった瞬間だった。
「そうか……かつての僕を見ているようだよ。よし、分かった。レフティ、ケンタウロス馬車を手配してやってくれ! ライティは雄也君達の現状をまほろばへ報告してあげてくれ」
「仰せのままに」
「わかったわ」
光の国の小さな村にて、一つとなった意志が、新たな大陸へ向け動き出そうとしていた。




