第99話 霊蒼の魔眼と隠された神具
「雄也ーー、雄也ーー。起きなさい、ご飯よーー」
遠くから声が聞こえた気がして雄也が目を覚ます。
「ん? んん……これは、現実……だよな」
見慣れた殺風景な天井、いつも眠っていた煎餅蒲団が敷かれたベットの上。寝ぼけ眼で自身の目をこすり、ぼやけた視界を無理矢理開く。そのまま階段を下り、洗面所で顔を洗う。自身の顔をパン、パンと叩き、〝夢〟でない事を確認した上でダイニングへと向かう雄也。
「雄也おはよう、顔洗って来るなんて珍しいわね」
「母さん、おはようー」
「朝ご飯、パンとスクランブルエッグ、ウインナーでいい?」
「あ、今日は〝目玉焼き〟にしてくれる? あとウインナーじゃなくてベーコンないかな?」
スクランブルエッグとウインナー。あの時見た夢を思い出すと吐き気がしてならなかった。もうあんな夢は見たくない。そう思いながら席に着く雄也。
「朝ご飯に注文するなんて今日の雄也はなんだかいつもと違うわね。ベーコンは……あ、あるわね。ちょっと待っててね、雄也」
どうやら今日は〝本当の日常〟らしい。〝妖精界〟と違ってこっちは至って平穏だ。妖精界で起きた出来事をパジャマ姿のまま思い返す雄也。妖精界では魔王がどうやら復活を目論んでいるらしかった。そして、魔王の策略により、大切な妖精が命を落とした。雄也は、眼前で、彼女の命を救う事が出来なかったのだ。夢見の巫女、十六夜によると、〝蘇生魔法〟という、生命の神秘を超えた魔法が存在するという。そして、〝蘇生魔法〟を完成させる準備として、雄也達は一旦人間界へと戻って来ていた。
「はい雄也、目玉焼きとベーコン。出来たわよ」
「ありがとう……」
箸を取ったまま、じぃっと目玉焼きを見つめる雄也。
「ん? 何目玉焼きと睨めっこしてるの?」
「いや、目玉が飛び出して来ないか確認しただけ」
「何それ、面白い事言うわね雄也」
「気にしないで。いただきます」
現実という平穏を噛みしめながら、雄也は目玉焼きを口にするのである。
★ ★ ★
「うぉおおおおお! 我が息子よ! よくぞ戻った!」
自宅のベットの上で朝から近所迷惑な声をあげているのは、誰であろう優斗だ。自身のアイデンティティを確認しつつ、ちゃんと男性用の制服が壁にかかっている事を確認する。うんうん、と満足そうに頷きながら食卓に向かうが、母親は朝から仕事で家を出た後のようだった。ラップされたご飯と味噌汁、ほうれん草の御浸しに、鯵の開きが並んでいる。テーブルに置かれた手紙を読む優斗。
『 優斗おはよう。
母さん、朝から取材に出掛けて来るわね。
まだ警察には言ってないようなんだけど、
星菜さんところの美優ちゃんの姿が
昨日から見つからないようなの。
今取材班で極秘に行方を調べているところよ。
星菜さんは今日にも行方不明届を出すみたい。
優斗も美優ちゃんと仲がいいから、
もし美優ちゃんから連絡があれば、星菜さんか私に教えて。
じゃあ朝ご飯、冷めていたらレンジでチンして食べてね。
母さんより 』
「いやいや、母さんより、じゃないから! これヤバイやん!」
自身の姿が戻っていた事で、現実世界は平和になったと優斗は思っていたのであるが、どうやら何かが起こっているらしい。しかもよりによって幼馴染が行方不明って有り得ないやん、と思う優斗。
スマフォを手に取り、雄也と和馬へメッセージを送る優斗。何かが起きた時に集まる場所はあそこに決まってる。
「これ、現継の巫女さんはどこまで知ってるんだ。今までの状況を考えると、すぐに殺されるみたいな事はないとは思うんだけど……」
―― グルルルルルゥゥー
張り詰めた空気を壊すかのように腹の虫が鳴き声をあげた。
「……取り敢えず朝ご飯食べてから行動しますか」
母の作った味噌汁を啜りながら、優斗は美優の身を案じるのである。命の危機を何度か乗り越えて来た優斗は、冷静という名のマイペースという能力をさらに研鑽したようだった。
★ ★ ★
「で、美優ちゃんは攫われたのか? どこに行ったんだよ? 水無瀬先生」
水霊神社の社務所にて水無瀬先生を追及しているのは和馬だ。優斗に呼び出された雄也と和馬は、水霊神社の社務所に集まっていた。何かあったら神社、という事が最近の定番になっている。
「まぁ、お茶でも飲んで落ち着きなさい」
巫女服を着た水無瀬先生がお茶と茶菓子を三人の前に出す。
「いやいや、そうも言ってられないですよ。幼馴染として身を案じますよ」
「そう言いながらお茶菓子を食べているのは何故だい、優斗」
「腹が減ってはなんとやらって言うやん、雄也?」
焦った口ぶりと行動が伴っていない優斗へ冷静な突っ込みを入れる雄也。
「美優さんの事もだけど、葉子お姉さんはどこまで把握されてるんですか?」
雄也がお茶を一口含み、葉子をまっすぐ見た。
「……その眼、雄也。強くなったわね。一つ哀しみを乗り越えて、それでも希望へ向かって歩もうとしている。いいわ。私が今知っている事を話しましょう。貴方の眼の事もね、雄也」
「いやぁ、ここの水は相変わらず美味しいねー」
優斗が湖の湧水を手で掬い飲んでいる。葉子の話を聞いた後、三人は〝水霊の森〟の奥にある湖の畔に来ていた。
葉子によると、やはり星菜美優は妖精界へ居るだろうとの見解だった。ただし、彼女が目を離した隙に人間界から消失したようで、行方は分からないらしい。ともかく三人共に再び妖精界へ行く必要があるのだが、雄也達は今、なぜが違う場所へ向かっている。〝ある物〟を探して……。
「しかし、雄也の眼がエレナ王妃の力に準ずる瞳とは初耳だったな」
〝ある物〟を探している雄也へ話しかける和馬。
「いや、実際覚醒したって言われるんだけどさ、レイアさんの事があって記憶が曖昧なんだよね。突然俺の眼が〝霊蒼の魔眼〟ですって言われてもさ、実感沸く訳ないだろ」
「まぁ、今ブリンクだったら間違いなく〝れいそうのまがん〟って美味しいのかにゃ? って返してただろうね」
そんなブリンクはきっと日向ぼっこしながらお昼寝している頃だろう、そう思いつつ雄也の傍へ駆け寄る優斗。雄也は葉子から言われた事を思い返す。
〝霊蒼の魔眼〟は、伝霊の巫女――エレナの巫女である、エレナ王妃の力に準ずる瞳だ。リンクとの強い結びつきと、雄也の夢みる力が持つ潜在的な〝願い〟の力により覚醒したのだろうと、葉子は告げた。〝夢みる力〟による身体能力の爆発的向上他、無意識下で五大精霊と交信し、自身の力として昇華する事が出来る。ガディアスと対峙した際、魔結晶なしで自身の持たない属性攻撃を雄也が扱えた理由はそこにある。とはいえ当の本人は、どうやって扱ったかなんて全く覚えていないようだが。
「てか、なんでお前ら二人ともその〝魔眼〟ってやつ覚醒してんだよ? 俺、何も覚醒してねーぜ」
和馬が雄也と優斗を羨望の眼で交互に見る。
「いや、覚醒してなくてあっさり強敵を倒せる和馬のが凄いから」
「そうやん? それに何せ勇者の息子だしね。あ、雄也、これじゃね?」
「親父は関係ねーよ。ん? 優斗見つけたのか? あ、本当だ鈴が入りそうな形してるな」
雄也達は今、湖の傍にある祠の中を何かを探すかのように調べていた。人が一人入れる位の小さな祠。存在は誰もが認識していた。だが、お地蔵様が祀られているだけのものと、今まで祠の中を調べた事なんてない。だいたい祠の奥を漁るなんて罰当たりな事、しないのが普通だ。優斗はお地蔵様の裏、壁とお地蔵様との真下あたりに拳大の小さな石碑があり、鈴の形をした穴が孔いている部分を発見した。〝霊蒼の魔眼〟を覚醒したのなら、水霊の湖にある祠へ行きなさいと、葉子から言われたのだ。
「こりゃあ、普通は気づかないね。じゃあ、行くよ」
雄也は自身の首にかけられた鈴――使役具である、エレナの水鈴を石碑の穴へ嵌めこんだ。しばらくすると、ズズズズと石碑ごと地面へと下がっていく。石碑と地面が平行になった時、祠周辺の大地が震動を始めた。
「おいおい、何だ何だ!?」
慌てて祠から離れる和馬、雄也と優斗も続く。お地蔵様が祠背面の壁へと埋まり、お地蔵様があった場所に階段が出現した。
「おぉ!? これはゲームのような展開ですね! いやぁ、盛り上がって参りました」
「はいはい、優斗。行くよ」
この状況を楽しんでいるかのような優斗を窘めつつ雄也が先を急ぐ。三人は、石で出来た古びた階段を下りて行く。
「ひゃ、冷たっ!?」
「優斗、女みたいな声出すなよ。心は優希ちゃんのままなんじゃねーか?」
「いやいや、俺は間違いなく男だから! 優斗だから!」
暗く細く、じめじめした洞穴を進む一行。天井から落ちた雫が優斗の首筋へと落ち、女の子みたいな悲鳴をあげた優斗を和馬がからかっているところだ。スマフォのわずかな灯りを頼りに雄也が先頭で進む。やがて洞穴の奥に灯りが見えて来る。
「こ、これは!?」
「凄いやん!?」
「ここ、アラタミヤだよな?」
洞穴を抜けた先は円形を為した高い天井の部屋。周囲の壁面が水色に輝く水晶のような物で埋め尽くされ、輝きを放っていた。この水晶、雄也には見覚えがあった。
「――これ、全部魔水晶だよ。でもどうして人間界に?」
妖精界でも滅多にお目にかかる事がない壁一面の魔水晶に驚きを隠せない三人。そして、部屋中央には、淡い水色の光を放つ魔法陣が展開されており、魔法陣の真ん中に台座があった。
「おい、これじゃねーか? 水無瀬先生が言ってたやつ」
「雄也、これだよ。〝水精霊の神具〟」
「……じゃあやってみるよ」
雄也が台座に向かって腕を翳す。先ほど祠の入り口を開けた後、回収した水鈴が光を放ち、台座に刻まれた妖精界の古代文字と共鳴する。やがて台座から〝腕輪〟が出現し、光を放ったまま雄也の差し出した腕へと嵌め込まれた。
「……これが〝水鏡の腕輪〟」
自身の腕に装着された腕輪を見つめながら、雄也が腕輪の名を呟く。水色に輝く不思議な金属。銀色に縁取られ、不思議な文様が施されている。腕輪の真ん中には、蒼く光る宝石が幾つか埋め込まれていた。
「でも、不思議なもんだよな。〝精霊の神具〟が人間界にあるなんて誰も思わないよな」
「だからいいんじゃないかな? 魔眼を覚醒した瞳と契約した使役具が揃わないと開かない扉って言ってたから、それだけでもセキュリティー万全なんじゃ?」
優斗が彼らしい言葉で解説をしてくれる。確かに妖精界で保管するより何倍も奪われにくい場所だ。しかも、今までの雄也では開く事が出来なかった場所と言える。恐らく現継の巫女が管理出来る場所だからこそ成せる業であろう。
「〝大地霊衣〟に〝水鏡の腕輪〟。魔王と対決する日までに〝五つの神具〟も集めておいた方がいいって簡単に言うけど、聖魔大国にも向かわないといけないし、美優さんの事もあるし、何か色々大変だよね」
「うーん、とりあえずは妖精界に向かうしかないやん?」
「だな。人間界に一旦戻ったのも水無瀬先生と話して神具を手に入れる事が目的だった訳だしな」
三人が頷きあったその時、雄也が装備した腕輪が輝きを放ち、一筋の光が部屋奥の壁面を照らし出した。光と共に扉が浮き上がる。
「マジかよ。もしかして……」
「かもだね」
「まさかの記憶の魔法陣いらない展開?」
扉の先がどこに繋がっているのか……三人には確信めいたものがあった。
『……リンク、今すぐそっちに行くよ?』
「へっくち!?」
「リンクーー風邪クマかーー?」
「うんん? 大丈夫でござるよ、くまごろう。雄也さんいつ戻って来るかなー。楽しみでござるなー」
雄也に思いを馳せながら、今日も図書館で人間界から取り寄せた剣士が主人公の漫画を手に取り没頭しているリンクなのであった ――




