弟94話 雄也、覚醒
冷たく蒼白く光る二つの瞳。彼は無表情のまま、怒りの化身となった自身の前に立ちはだかる竜人を見据える。
「雄也君! これを使え!」
「何ーー? どうなってるのー? え、ちょっとその娘!」
対峙する雄也とガディアスの前に現れたのは、先ほど精霊樹に向かっていたゴルゴンと森妖精都市より駆けつけて来たウルルであった。ゴルゴンは雄也へ外套のような衣を渡す。
「……ゴルゴンさん……これは?」
「あの竜人が探していた土精霊の神具 ―― 大地霊衣だ。精霊樹の根元に隠されていたのさ。まぁ、前回盗み出した物の在り処位覚えてるって寸法だ。だが、この状況……どうなってる!?」
大地霊衣を身に纏い、雄也がゴルゴンへ状況を説明した。みるみる表情が変わっていくゴルゴン、そして、その隣に居たウルル。視線を移すと、横たわった銀髪侍女の身体に雫を零し、すすり泣く花妖精の姿があった。
「パンジー! その娘! 私に預けなさい!」
「……え? でもウルル! ウルルの力でも無理だよ!」
慌てた様子でウルルがレイアの冷たくなった身体に触れる。脈を確認するが、動いている様子はない。ウルルが黙って目を閉じ祈り始めると、彼女の身体が翠色の光に包まれ、さらには淡く光る蔦に包まれた。
「せめて身体を清心な状態で保つの! この娘の身体は私に任せなさい」
「でも……レイアさんはもう……」
「パンジー泣かないの! 私だって見たら分かる。それに今は泣いてる場合じゃないでしょ!」
いつもよりも早く、強い語気のウルルが子供を叱りつけるようにパンジーを促す。涙を袖で拭う花妖精。視線の先では、雄也とガディアスが対照的なオーラを放ち、対峙していた。ウルルはレイアを抱え、戦闘に巻き込まれない場所まで退避する。ゴルゴン、パンジーも同様に移動した。
緑色の妖気は仲間を失った世界、陰謀、裏切り、そして、己自身……全ての存在に怒る、憤怒の化身が放つ怒りの妖気。
蒼白く光る瞳と放たれる妖気は、無力だった自身に対する悔しさから生まれた新たな力。自身の前でもう誰も死なせないという〝願い〟の力。冷たく見据えるその瞳には蒼い炎が灯っていた。
「かっ!?」
「―― 強化水撃」
竜の妖気が籠った緑色の光弾に雄也が放つ水弾がぶつかりあう。両者、目に追えない程の動きで移動する。
「竜剣、右刃 ―― 龍炎刃、紅蓮弾!」
「―― 凍氷連弾」
竜の炎を閉じ込めた強力な火焔を凍氷の連弾で相殺する雄也。そして、熟練の剣捌きによる攻撃すら全て回避してしまう。
「竜剣、左刃 ―― 凍殺刃、雪月花!」
ガディアスが地面へ左刃を突き刺した瞬間、まるで遠当てのように雄也が居る地面から無数の氷刃が放たれる! が、既に雄也は高く跳びあがっており……。
「―― 熱水圧弾」
氷の華のように咲き乱れる刃を空中より熱水圧弾を放ち、瞬間的に溶かしていく雄也。その様子を見たガディアスが空中に浮かぶ雄也を斬りつけようとするが……。
「―― 水流閃光」
右手に水鉄砲を抱えたまま左手より詠唱破棄にて水流閃光を放つ。もちろん雄也は水流閃光を今まで使った事はない。ガディアスは右刃で受け止めるが、水圧に押され地面へ叩きつけられる。
雄也とガディアスの様子を見ていたゴルゴンとパンジー。
「どういう事だ。雄也君、今までの動きじゃねーな……」
「おかしいよ。だって今雄也と使役状態にあるの僕だよ。強化水撃はリンクとの攻撃透過だよ。しかも、さっきから魔結晶を入れ替えずに氷、火属性の攻撃まで放ってるし……あれ……どうして僕……泣いてるんだ……」
雄也の様子を見ていると、なぜかパンジーの瞳から涙が止めどなく溢れて来た。先ほどまでの涙とは違う。レイアの事を思い出して哀しいのではない。雄也の想いが心に入り込んで来るかのように、パンジーの中へ感情が溢れていく。
「雄也……そうか……そうだよね……うん、僕も同じ気持ちだよ……」
「おい、パンジーちゃん、誰と話してるんだ!?」
ゴルゴンがパンジーを見る。するとパンジーの瞳も蒼白く光っていた。
「分かった、うん……雄也……僕も一緒だよ」
「お、おい……お前……」
パンジーは黙ってゆっくり空へと舞い上がっていく……。
「我ハ全テヲ破壊スル……竜轟噴炎!」
今までにない竜の妖気力を籠めた強力な豪炎は周囲全てを呑み込まんとする! すると雄也は水鉄砲を地面へ突き立て、両手を広げ、仁王立ちのような態勢を取る。灼熱の炎が全てを焼き尽くし、全てを無に帰す。
「終ワリダ……ナニモカモ……」
ゆっくり雄也が居た場所へと近づいていくガディアス。が、次の瞬間、足元より淡い翠色の光柱が放たれる。
「ガッ!?」
ガディアスの身体から緑の液体が飛散する。
「ゴフッ」
身体の内部よりドロリとした肉塊を吐き出す竜人。地面から放たれた光――それは、雄也が大地へ突き立てた水鉄砲より放たれた、今までの比ではない強力な花妖光弾だった。花妖光弾による遠隔攻撃は、まるで地雷のようにガディアスを捉え、強靭な肉体を抉り取る。やがて炎が消え、水鉄砲を持った雄也が、灼熱の豪炎を受けても尚、ガディアスを冷たく見据え、その場に立っていた。瞳に灯る蒼い炎はまだ消えていない。
「我ハ、仲間ヲ弔ウタメニ……」
―― ガディアス、もういい。貴方の意思、俺が受け継ぐよ。
―― 何を言う人間よ。貴殿には関係のない事。
―― いや、恐らく貴方の倒すべき相手と俺達の標的は……。
―― 言うな、人間。小生は結局、運命に翻弄された哀れな竜人。最早誰にも止める事は出来ぬ。
―― 大丈夫だ。俺が止めるから。
―― もう無理だ、人間よ。
「我ハ……己の信念を貫くのみ! ―― 竜神瞬殺!」
雄也の背中に大きな傷がつき、レイアの時と同じように血飛沫が舞う……かに見えた次の瞬間、桜の花びらが吹雪のようにあたりを包み込んだ。春を告げる桜の花びらが舞う情景は、憤怒、悲哀、憎悪、この場を支配する負の感情……凄惨な戦場を全て浄化させるかのような、静謐かつ幻想的な光景だった。
「これは……何だ」
戦場に似つかわしくない光景に周囲を見渡す竜人。そして、遥か上空から声が聞こえる。
「「融合透過、接続、花妖精奥義
―― 華吹乱咲!」」
桜吹雪が舞う中、空中に浮かぶ雄也とパンジーが言葉を紡ぐ。先程、背中を斬られた雄也の姿は幻であった。翠色の光る球体に包まれ、パンジーの纏う妖気を背後から優しく包み込む雄也の姿があった。大量の夢みる力を受け取った花妖精。人間の夢みる力と妖気力が一つになった、優斗とルナティの時とは全く違う形での融合。二名の浮遊する上空より放たれる無数の矢が花吹雪と共に、五月雨のように舞い落ちる。回避不能の全方位攻撃は竜の鱗もろともガディアスの身体を貫き、無理矢理引き出された妖気をも剥ぎ取った。ゆっくりと地面へ降下していく雄也とパンジー。竜人の身体中から噴き出す液体と肉片……そして、緑の海へと沈むガディアス。憤怒の表情は消え、横たわった状態で竜人は雄也を見て言葉を絞り出す。
「人間よ……どうやら小生……は……間違っていたようだな……」
「貴方の気持ちは受け取りました。後は俺が奴を倒します」
「怒りと憎しみに任せて……は身を滅ぼす……だが貴殿はそれを分かっているようだ……ごふっ」
「……ガディアス」
肉塊を噴き出すガディアス。しかし、竜人は最期の言葉を振り絞る。
「竜人族がかつて見守っていた竜魂の湖……そこから我らの生き残りが住む場所へ行ける……」
「え?」
「これを……持っていけ……」
「これは?」
ガディアスが雄也に何かを渡す。それは、竜の姿が刻まれた紋章だった。
「これを見せたなら……小生の仲間が……協力してくれるハズだ……奴を許すな……」
「奴って……ミュウミュウの事……!?」
雄也の代わりにパンジーがガディアスへ聞く。
「奴は……力を蓄え……復活を目論んでいる……魔王……ベルゼビア……それが奴の本当の名だ……」
「魔王ベルゼビア……」
その名を復唱する雄也。
「今なら分かる。かつて竜人族の里を滅ぼした黒幕……恐らくベルゼビアに違いない……奴を……必ず……ぐぼぁっ」
ガディアスはそのまま動かなくなる。黙ってその様子を見つめる雄也。蒼白く光っていた瞳が元に戻る。次の瞬間……。
「ちょ、雄也!」
そのままふらっと倒れかかる雄也を慌てて支えるパンジー。雄也の全身が熱い。竜轟噴炎を受けた事により、全身火傷を覆っているのだろう。あまりの熱さに驚くパンジー。
「ちょっと待ってよ、雄也」
「……もう誰も……死なせないから……」
「そんな事言っておめーが死んでどうするんだよ、雄也! レイアだけじゃなくて雄也まで死んじゃったら……僕もう……」
「パンジー、大丈夫だから……俺が守る……から……」
朦朧とした意識の中、力なく項垂れる雄也にパンジーの瞳から雫が落ちる。
「馬鹿やろーー! 雄也ーーしっかりしろよーー!」
「パンジーちゃん、大丈夫だ。雄也君は死なせねー」
「坊やは皆の希望よーー、絶対死なせないわーー」
すぐにゴルゴンとウルルが駆け寄り、ウルルが掌から淡く暖かい光を放つ。
「大地の加護、土精霊の守護、大樹の守りと共に、今生命の息吹を ―― 大樹癒与」
燃え上がるように熱くなった雄也の身体が少しずつ冷えていき、黒く焼け焦げた肌が元の肌色へと戻っていく。
「こ……これは……」
「パンジーちゃん大丈夫だ。雄也君にさっき着せた土精霊の神具――大地霊衣はな、炎、水、雷、風、土、五大精霊が持つ属性による攻撃から身を守る霊衣なんだ。それにウルルが今使った回復魔法は森妖精が扱う上級の回復魔法さ。雄也君は少し休めば大丈夫だ」
雄也は気を失っているようだった。彼は目を閉じた状態でも尚、『もう、死なせないから……』と呟いている。
「じゃ、じゃあさ……ウルル! レイアを、レイアを助けてよ、その回復魔法で!」
「心臓が止まってしまった子には……回復魔法は効かないわ……残念だけど……」
「だって上級の回復魔法でしょ!」
「わかりなさい! パンジー!」
必死に訴える花妖精を一喝する森妖精。溢れ出す想いが止まらないパンジー。流れ落ちる感情。緑の蔦はまるで棺のように、優しくレイアの美しい身体を覆っていた。
―― おい、どうなってるんだよ!
背後から声がして、振り返る一同。そこには優斗とルナティ、ブリンクの姿があった。
「あ……優斗、ルナティ、ブリンク……来たんだね」
心ここに非ずの状態で、パンジーが反応する。
「どういう事! 何があったのか教えなさい!」
下を向いた者達へルナティが語勢を強め、言葉を投げかける。
「どうしたにゃー。レイア、眠っているのかにゃー?」
ブリンクが不思議そうにレイアの様子を見つめる。まるで眠っているかのように穏やかな表情のレイア。今にも目を覚ましそうに見えた。
「私は今すぐ樹女王の下へ向かうわ。貴方達はその娘を夢見の巫女の下へ運びなさい」
ウルルが皆へ声をかける。
「優斗!」
「ああ」
ルナティと優斗が互いの小指を交差させ、もう片方の腕を互いの身体へ回し、抱き合う格好となる。次の瞬間、二名の身体が桃色の光に包まれ……。
「これは」
「!」
ゴルゴンとウルルが驚く中、一瞬で融合により優希姿となる二名。
「レイアさんを運ぶわよ! 夢渡りの力で一気に夢の都へ向かいます!」
「お願い、優斗!」
涙を拭き、頷くパンジー。ブリンクとゴルゴンがレイアを覆う蔦の棺を持ち上げる。そのまま光に包まれる一同。その場から姿を消すのだった。
「もう二度と繰り返したくない……そうよね……サクヤ……」
誰も居なくなった精霊樹が見守る森の中、ウルルは一名、雫を落とすのであった ――




