第93話 望まぬ結末
「お母様ー、只今戻りましたー」
光輝く水晶の柱、宝石が散りばめられたかのようにキラキラと輝きを放つ白い床。そんな広間をスキップしながらやって来た羽衣姿の女性。誰であろう、リンク・ルーシーだった。玉座にてエレナ王妃がリンクの勇姿を讃え、帰還を出迎える。
「お帰りなさい、リンク。どうやら無事に試練をクリアしたようですね」
「はい、この通りです、シャキーンです!」
リンクは竜の紋が施された扇を広げ、エレナ王妃へと見せる。
「水龍の扇。間違いありません。水龍神、リヴァイアを手懐けた証拠ですね」
「はいー、お母様。最初は大変でしたけど、無事にお友達になれましたー」
水龍神――リヴァイア。水の力を自在に操り、引き起こされる水流は全てを呑み込み、災厄として恐れられている水竜。水精霊自らその力を封じ、監視している訳だが、認められた水妖精のみ、その力を借りる事を許されるのである。水龍の扇はリヴァイアの力を封じた扇であり、舞を舞う事で水属性の攻撃が増加し、さらには力を引き出す事で、強力な技を繰り出す事が可能になった……という訳だ。
「えへへ……これでいつでも雄也さんの前で大人姿になれるのです……」
「リンク……戦い以外で扇を使ってはなりませんよ?」
「えーーそんなぁーー」
そんな娘の様子を見てエレナ王妃が窘めるものだから、口を尖らせるリンク。
「変なコトに使うと水精霊様の怒りを買いますよ?」
「はーい、わかりましたーーショボーンですー」
残念そうな様子のリンク。大人リンクに変身する術を身につけた事がよほど嬉しかったようだ。
「試練の後で疲れて居るでしょう。今日はゆっくり休んで、雄也殿に生まれ変わった姿を見せてあげなさい」
「はーい、お母様! あれ、雄也さんとレイアはどこ? 近くに気配を感じないのですー」
「雄也殿とレイアは今土の国に居るハズですよ? どうやら悪しき力が土の国にも迫っていたみたいで、優斗殿や和馬殿も、それぞれ違う場所へ向かっていたようです」
「ええーー私が試練に行ってる間にみんなそんなに頑張っていたんですかぁー!? 雄也さんもレイアも頑張りすぎですーー心配ですーー」
「慌てても仕方ありませんよ、リンク。今は皆さんを信じましょう」
「じゃあ、今日休んだらすぐくまごろうと土の国へ向かいます! 雄也さん、レイア、頑張って下さい、シャキーンです!」
リンクは雄也とレイアへ水の都よりエールを送るのである ――
★ ★ ★
その場に居る全員が息を呑んだ。レイアが放った漆黒の魔剣、胸を貫いたのはガディアス……ではなく、どう見ても夢の都、童夢TVのレポーター、ミュウミュウだった。猫妖精の胸元から大量の赤い血液が噴き出す。
「なっ!?」
「なぜ……貴殿が此処に居る!」
ミュウミュウから魔剣を引き抜き、驚きの表情を見せるレイア。そして、言葉から察するに、ガディアスも予想だにしていなかったようだ。
「いや、様子がおかしいよ……」
「なんでミュウミュウ?」
あどけない表情をした猫耳褐色肌のミュウミュウ。噴き出す液体はそのままに、瞳は赤く光り、妖しい妖気力を放っている。明らかに雄也とパンジーが知っているミュウミュウではなかった。
「あれ、おかしいですね……刃が刺さってますねぇ……ガディアスさん、どうして銀髪侍女に殺られてるんですかぁーー? この刃は飾りですかぁー?」
ガディアスの刀身へ指先を滑らせ、ペロリと舐めるミュウミュウ。あどけない表情が逆に不気味だった。
「なぜ貴殿がここに居る……邪魔をするなと言った筈だぞ?」
「えーーむしろ助けに来たんですよーー? 竜人族の知将さん? かはっ」
レイアの魔剣により胸を貫かれたミュウミュウは、誰が見ても生きているのが異常だ。口から大量の血を吐き、今にも倒れそうな様子であった。
「貴方……ミュウミュウではありませんね……」
その異常さに、冷たくその様子を見据え、剣先を突きつけるレイア。しかし、次の瞬間、ミュウミュウの姿が消え、ガディアスとレイアの上空に浮かんだのである。
「えー、ミュウミュウはミュウミュウですよー? でもレイアさん、お久しぶりですねー。あ、そうでした。この間のお礼しないと……ですね」
「どういう事ですか……!? この間? ……ま、まさか!?」
そう、瞬間的に空中へと移動する動き……レイアには見覚えがあった……。
「もう遅いよ、レイアさん。恨み、妬み、哀しみの底より這い上がりし感情よ、己の怨念を彼の者へと与えん! ―― 逆襲闇刃!」
ミュウミュウが上空で何か呪文を詠唱した瞬間、事は起きた。レイアの身体から紅く……赤く、美しい液体が舞う。まるで時が止まったかのように雄也はその光景を見つめていた。火花のように彼女の身体から溢れ出る飛沫。白と黒の清楚なメイド服は無残にも引き裂かれ、紅く染まっていく。あまりに凄惨な光景、だが、雄也は眼を反らす事が出来なかった。対照的にミュウミュウの身体は紫色の光に包まれ、魔剣に貫かれた胸の大きな傷がみるみる塞がっていく。
「「レイア!」」
雄也とパンジーが走り出す。
「外野は黙ってて下さーい」
夢妖精が放つハズのない暗黒球を放つミュウミュウ。しかし、高速移動で回避し、雄也とパンジーはレイアの傍へ駆け寄る。
「へぇー」
暗黒球を簡単に避けた雄也の様子を見て、一瞬笑みを浮かべるミュウミュウ。
「レイア、レイア!」
「僕の薬草葉を使って!」
レイアの身を起こす雄也。緑色の薬草葉はすぐに真っ赤に染まっていく。全身の傷が塞がる様子はない。
「もう……私は……雄也さん……聞いて下さい……」
「レイア、もう喋らないで!」
目から溢れる雫でレイアの顔がぼやけてしまう。
「目の前に居るミュウミュウ……あれはアリスです……いや、恐らくミュウミュウの身体に入っている相手こそ、今回の黒幕です……」
「え……アリス……?」
涙を浮かべたままレイアの言葉を聞く雄也。目の前に居るミュウミュウが黒幕……どういう事だろうか。
「効いてよ、薬草葉……どうして効かないんだよ!」
何枚も何枚も薬草葉でレイアを覆うパンジー。だが、血が止まる気配がない。
「逆襲闇刃……あれ……は……私が先日アリスへ放った魔法……なんです……敵から受けたダメージが大きい程、相手へ返すダメージが……大きくなる反撃魔法。ガディアスの剣についた私の血を舐め、反撃魔法を使う……まんまと仕組まれた……罠だったとい……う訳ですね……」
「いいからレイアさん……回復を!」
「微笑ましい光景ですねぇーー。仲間って素晴らしいですねー」
「お前は黙ってろ!」
雄也がミュウミュウを睨みつける。ミュウミュウはその様子を楽しんでいるかのようでこちらへ向け攻撃を仕掛けて来る様子はない。
「雄也……様……パンジー様も……お嬢様を……よろしくお願い……しますね」
レイアが笑みを浮かべる。
「そんな事言わないでレイア! 一緒に帰ろう!」
「そうだよ、レイア。どうしてだよ、僕達、恋敵なんだろ!」
涙……止まれよ……レイアの顔が見れないじゃないか……。必死に呼びかける雄也。
「ありがとう……雄也様、パンジー様……リンクお嬢様……そして、皆様に出会えて……私は幸せでした……」
抱きかかえたレイアの顔が支える力を失い、そのままゆっくりと雄也の身体へ預けられる。力を失ったレイアの腕がだらりと地面へ落ちていった。
「レイア! レイアーー! ぁあああああああああああ!」
「酷い……酷いよ……こんなの……」
目の前に居る仲間すら助けられないのか……人間とはこんなにも無力なのか……雄也の瞳から涙が止まらない。視界が滲んで何も見えない。命とはこんなにあっけなく失われるものなのか。掌にはまだレイアの温かい血潮を感じる。身体から毀れ落ちる液体により、地面には赤い溜まりが出来ている。何のためにここに居る……俺はどうすればよかったんだ……雄也はただただ茫然とレイアの姿を見つめていた。
この時、ミュウミュウに刃を突きつけたのは、雄也でもパンジーでもなかった。
「貴様どういうつもりだ」
ミュウミュウを睨みつけ、剣を突きつけるガディアス。
「だって、そのままだとガディアスさん、殺られてたでしょー? これで仲間の弔いも果たせた訳だし、よかったじゃないですかー?」
「だが、この銀髪侍女が放った魔法は、竜人族の里に放たれた最強の聖属性魔法ではなかった。戦闘形式も全く違う。貴様、嘘をついていたな?」
ミュウミュウを威圧するガディアス。
「あれぇー、バレちゃいましたぁーー? そうれすよー? 私はぁー、私の復讐が果たせたらよかったんですぅー」
「貴様!」
刹那、ガディアスが竜神瞬殺をミュウミュウへ向け放つが、既にミュウミュウの姿は消えていた。
「だめれすよー? ガディアスさんの攻撃は当たら……」
その瞬間、ミュウミュウの肩が背後からの何かに貫かれていた。
「パンジー……レイアをお願い」
「雄也?」
レイアの次第に冷たくなっていく身体をパンジーに預け、雄也の銃口から放たれた水が閃光のようにミュウミュウの肩を貫いていた。水色のオーラがなぜか雄也の全身から滲み出ていた。
「―― 俺は……どうすればよかったんだ……」
「あれあれー? 雄也さんでしたっけーー? そんな涙を流した状態で戦うつもりですかぁーー? ミュウミュウちゃんには勝てないれすよー?」
瞬間ミュウミュウの姿が消え、雄也の背後に廻る。が、背後に廻ったミュウミュウのお腹が再び水の閃光により貫かれる。
「―― 大切な仲間すら守れないで、俺は……俺は、ここに居る意味なんかないじゃないか!」
瞬間背筋が凍るような眼に見えない何かが、雄也の全身から発せられた。ミュウミュウの口元がほんの一瞬だけ歪む。
「そうか、人間よ。怒りでも憎しみでもない、自身の無力さに対する悔しいという想いが、本来持つ夢みる力を引き起こした……という訳か」
青年の全身から発せられたオーラは竜人族の知将にも届いていた。凍てつく空気が竜の鱗をすり抜ける。矮小な存在と思っていた人間の、秘められた力を感じ取るかのように彼は分析する。
「これは……危険れすねーー。ガディアスさん、後はお願いしますねー」
この場を危険と感じたのか、竜人に後を任せようとする猫妖精。
「いや、死ぬのはお前だ!」
夢渡りで移動しようとするミュウミュウの足元を凍らせ、動きを封じるガディアス。竜神瞬殺で彼女の身体を真っ二つにする。
「危ないですねー。ガディアスさん」
ガディアスの背後から、真っ二つになった筈のミュウミュウが現れ、竜人の身体にプスッっと何かを刺した。次の瞬間、ガディアスの心臓がドクン、と跳ね上がる。
「貴様……な、何をした」
「―― そのまま、全テヲ破壊スルガヨイ、ガディアスよ」
途中からしわがれた低い声となったミュウミュウはその場から姿を消す。
「がっ、うぅ、うぐぁあああああああ」
叫び声をあげるガディアス。竜人の筋肉が剥き出しとなり、体躯が何倍もの大きさへと変化する。レイアから受けた傷はそのままに、竜の尾、腕、脚、全てが巨大化し、妖気が溢れ出る様子が見て取れた。
「我ハ竜人族ガディアス……仲間ノタメ……全テヲ破壊スルノミ……」
瞬間、竜人の口から緑色の光弾が雄也へ向け放たれる。
「雄也!」
レイアを抱えたまま叫ぶパンジー。が、竜の妖気を纏った光弾をまともに受けても尚、その場に立ち尽くす雄也の姿があった。
「……大丈夫だよ、パンジー。俺が居る前で、もう誰も死なせない」
この時、青年の瞳は、冷たく蒼白く光っていた ――




