第92話 解放されるレイアの力<邪神剣聖>
「これどうなってるん? 中に入れんやん?」
森妖精都市入口の前で呟いた青年は優斗。入口にはなぜか薄い緑色の透明な壁が出現している。いや、入口だけではない。この魔力で出来たような薄く頑丈な結界は、森妖精都市全体を覆っているようだった。優斗達は夢の都より、森妖精都市まで移動して来たところだ。
「これは恐らく樹女王が創り出した結界ね。元々プライドが高い女王様だから、きっと自分の力だけでこの国を守ろうとしているんでしょうね」
「すごいにゃー、びくともしないにゃー」
結界をペシペシと叩くブリンク。すると、叩いた箇所のみが光を帯び、翠色の光線が放射される! 慌てて上体反らしで回避する猫妖精。
「うわっ、びっくりしたにゃー!」
「なるほど、攻撃に自動で反射する仕組みな訳ね。確かにこれじゃあ都市の中にすら入れないわね」
腕を組み考え込むルナティ。その時、上空からもの凄い轟音が聞こえる。連続で響き渡る爆発音の後、光線のように放たれる翠色の光。翼が貫通し、煙と共に奇声をあげたのはどこからどう見てもドラゴンだった。
「ルナティ、あれ、俺達出番なさそうじゃね……」
「凄いわね……大翼竜の翼を貫通する程の樹妖魔弾なんて、相当の力よ」
「樹妖魔弾?」
「ええ、森妖精が得意とする土属性の魔法よ。樹の生命力を攻撃力へ転換して放つ魔法ね。大翼竜が束でかかっても、この結界は破れないでしょうね」
「うちも活躍したいにゃー」
ブリンクが残念そうな顔をする。
「まぁ、優斗、ブリンク。私達が倒す必要はないんじゃない?」
遠くで落下していく大翼竜を見つめつつ、ルナティが呟く。
「そうかもしれないけどさ、雄也達どこに居るか分からないしさ」
「あ、それよ。妖読力の魔眼使いなさいよ、優斗」
「あ、そうか! 忘れてた」
「優斗それなんにゃー? 〝まがん〟って、おいしいのかにゃー?」
ルナティに言われて気づく。優斗は巫女の力に準ずる瞳の力を得ていたのである。優希姿の時は常に自動解放状態だったが、優斗姿の時は常時解放は出来ないらしい。融合していない、通常状態でその瞳を使用すると、だんだんと体力が減り、全速力でグラウンドを走った時と同じような疲労感から始まり、やがて酷似し過ぎると、頭痛、眩暈、鼻血と身体に影響が出て来るらしい。何とも嫌な副作用である。十六夜によると、使い慣れると少しずつ持続時間も伸びてくるそうだ。
「あ、ブリンク、食べ物じゃないよー」
「そうかにゃー、お腹空いたにゃー」
「じゃあ、土の国救ったら、美味しいもの食べようか」
「やったにゃー、頑張るにゃー」
ブリンクとのやり取りを終え、目を閉じる優斗。融合前、リリス戦でなんとなく童夢音波が視えていたのは能力が漏れていたにすぎないらしく……。
「行くよ、妖読力の魔眼 ――解放!」
十六夜に教わったやり方で魔眼を解放する優斗。ルナティの瞳のようにブロンドに光る瞳。視覚的に視える妖気力を感知するだけでなく、出会った事のある妖精の妖気力や、人間の夢みる力を読み取り、ある程度の位置を感知する事が出来るのだ。
「……お、西の方角……森の中に雄也が居るっぽい……うん、パンジーと……なっ!?」
次の瞬間、優斗が何かにぞくぞくっと身体を震わせ、青ざめる。そして、ルナティも同様の反応を示していた。ルナティも夢妖精の力で妖気力を探知していたのである。
「え? 二名共、どうしたにゃー?」
不思議そうに様子を見つめるブリンク。
「なに……この魔力……闇の魔力よね……でも……これ……」
「レイアさんだよね?」
ルナティと顔を見合わせる優斗。森の奥で感知した闇のオーラは、明らかにレイアの妖気力から放たれたものであった。
「レイアが闇魔法を扱うなんて想像も出来ないけど……確かあっちは土精霊の森があるはず。急ぐわよ、優斗」
「ブリンク、行くよ!」
「わかったにゃー」
優斗、ルナティ、ブリンクは土精霊の森へ急ぐ ――
★ ★ ★
「帰って来たぜ! 十六夜さんって、親父!?」
「只今戻りました、十六夜様」
「あれ? どうして支配人が一緒に居る訳?」
ところ変わってこちらは夢の都。風の都を救い、夢見御殿へ向かって戻って来ていた和馬達。白蛇のぴゅあちゃんを夢見御殿の入口にて降下させていたのだが、なぜか入口に十六夜と和馬の父、シュウジ。さらにはウインクが働いていたカジノ&バー『プレミアム』の支配人、プレミオ・オードブルまで一緒に出迎えに来ていたのである。
「よう、無事に帰って来たみてーだな」
髭面のシュウジが和馬に向けニヤリと笑いかける。
「緊急事態でしたので、シュウジとプレミオにも来ていただきました」
緊急事態……そう、十六夜が夢見御殿の外に居る事自体が珍しいのである。
「どういう事? それに支配人がどうして十六夜さんと一緒に居る訳?」
支配人をよく知るウインクが尋ねる。
「いやぁーーーウインクちゃん。よくぞーーよくぞぉおおーー風の都から生きて戻って来ましたぁああーー支配人は嬉しくてぇーーー涙がちょちょ切れそうですーーー」
盛大なパフォーマンスをするような仕草でウインクの周囲を回る支配人。
「支配人、普通の口調でいいわよ?」
「いや、さっきのは本心だよ、ウインク。風の都に潜む邪悪な気配はあの時感じ取っていたからね」
途端に普通の口調に戻ると、背後から飛んでくる鳥人に視線を見やるプレミオ。
「もうーー、あんた達速いからーー。疲れるからーー」
「ハーピーちゃんをもっといたわるのです!」
「プリーズカインド……」
「十六夜様、このハーピー達は敵に利用されていただけのようでしたので、敵の情報を教えてくれる代わりに匿うという交換条件の下、連れて参りました」
弥生が十六夜へ向け、ハーピーの事を補足説明する。そして、風の都を襲った相手がパズズであり、その黒幕が魔獣女王であるという事実を告げる。
「そうでしたか……弥生、ご報告ありがとう……プレミオ」
「魔獣女王……リュージュラの事ね。あの娘を相手にするのは厄介ですね」
「え? プレミオさん知っているんですか?」
「私の情報網を嘗めてもらっては困りますよ?」
和馬の問いにプレミオが笑みをこぼす。十六夜がプレミオへ話題を振り、そのまま答えたものだから、和馬が驚いて支配人へ尋ねたのである。
「プレミオは妖精界の流通網に携わっている。妖精界の表だけではなく裏に位置する〝闇〟ルートも把握する事で、あらゆる情報を持っているんですよ」
待て待て闇ルートって……そんな相手を野放しにして大丈夫なのか? と思う和馬。
「プレミオには俺が旅している頃も情報屋として世話になったのさ」
シュウジがこいつはそういう奴さ、と補足していた。
「それより和馬さん、ウインクさん。弥生と共に、今すぐファイリーさんを迎えに行って下さい」
「え? それってどういう?」
ファイリーは火精霊の試練を受けている。それは和馬も聞いていた。しかし、試練が終わったのであれば、使役具で通信も出来るし、使役も出来るのだ。そんなに焦る必要はないのではないか、和馬はそう思っていた。
「最悪の事態に備え、いち早く合流しておく必要があります。緊急事態故、こちらもシュウジとプレミオを呼んだ、という訳です」
「え? それってどういう……」
十六夜は目を閉じ、和馬達へ告げる。
「今しがた土の国が結界に覆われました。今夢渡りの力で内部に入れない状況です。ルナティ、優斗さん、ブリンクさんは結界が張られる直前に侵入出来たのですが……恐らくよくない事が起きている……そう考えられます」
★ ★ ★
「待って……本当に……レイアさん?」
「どうしてレイアさんがあんな力を……」
上半身だけ起こすパンジーと彼女を抱えたまま見据える雄也。レイアが放つ紫色の妖気は、まるで負の妖気力のように禍々しく見えた。
「やっと本気になったか、銀髪侍女よ。竜剣、右刃 ―― 龍炎刃 紅蓮弾!」
ガディアスが右手の剣より紅蓮の火球を連続で放つ! が、レイアは漆黒の剣となった刃で火球を真っ二つに斬ってしまう。割れた火球が遠くの地面へ激突し、爆音と共に燃え上がる。すかさず地面へ左の剣と突き刺した状態で飛び上がる竜人。氷結部分が地面を奔り、レイアの足下までが瞬時に凍りつき、彼女の動きを封じるかに見えた……のだが。
「ほう、なぜ動ける!?」
ガディアスの炎刃とレイアの魔剣がぶつかりあう! レイアの足元へ向け奔った凍氷は、なぜか彼女の手前で途切れていた。
「貴方が氷刃を突き刺した瞬間、私の魔剣を地面に突き刺し魔力を無力化したまでです」
レイアがガディアスの刃を弾き、反動で離れた瞬間に鋒を向ける。
「闇魔連弾!」
剣先から無数の刃が放たれ、ガディアスの腹に直撃する。後方へ身体が吹き飛ぶが、地面へ突き刺していた左の氷剣を掴み、回転しつつ受け身を取るガディアス。竜人の腸からドロリとした緑色の血が滴り落ちる。
「光魔法の浄化が通じぬと聞いての闇魔法か。さすがだな、銀髪侍女。だが、まだまだだ」
そう言うと掌を自らの腹へ当てるガディアス。緑色の光に包まれ、みるみる抉れた腹の傷が塞がっていく。
「先ほど我々に施した回復魔法ですか」
「回復魔法……とは違うな。高位の竜人が持つ自己再生能力よ。そう簡単に小生を倒す事は出来ぬぞ。次はこちらから行くぞ!」
次の瞬間、ガディアスの姿が消えた。少なくとも雄也とパンジーにはそう見えた。
「なっ!?」
「レイアさーん!」
レイアの背中が一瞬で斬りつけられ、紅い鮮血が放物線を描く。雄也の叫び声と同時に彼女がぐらつく。
「―― 竜神瞬殺」
「……今のは……目で追えませんでしたね」
血の溜まりに両膝をつき、背後に佇むガディアスを見るレイア。
「―― 竜神瞬殺、これが竜人の奥義だ。だが、これでもう終わりとは、残念だよ銀髪侍女よ。竜剣、左刃 ―― 凍殺刃」
左の剣へ氷の力を溜め、止めを刺さんと両膝をついたレイアを斬りつけるガディアス。そして、気づく。レイアとガディアスの周囲に巨大な闇の魔法陣が展開されている事を。氷の刃を魔剣で受け止めるレイア。刀身から放たれた冷気は全て、魔剣の前に無効化されていた。
「これで終わりと言いましたか?」
互いの刃を重ねた状態で銀髪侍女と竜人が視線を一瞬交差させる。
「ほぅ、それだけの傷を背中に負ってまだ動けるとはな。それにその魔剣。魔力を無効化するのか」
「そんなところですね。今の私には、炎も氷も効きません。先ほどの攻撃は避けきれませんでしたが」
「そうか……ではもう一度奥義を放つまで!」
そう言うと、ガディアスがレイアから距離を取ろうと背後へ飛……んだのだが、地面から突如染み出た黒い煙のような靄に絡み取られ、動きを封じられる。
「……なんだ……これは……」
「――私の攻撃範囲へようこそ」
背中を斬られ、瀕死状態であってもおかしくないレイアが笑みを浮かべる。銀髪侍女と竜人を取り囲むようにして、巨大な黒い魔法陣が漆黒の光を放っていた。
「邪神の名に於いて、汝に滅びを与えん ――滅亡の聖域」
刹那、魔法陣内部が轟音と共に漆黒の闇に包まれた。外部に居る雄也やパンジーからは何も見えなくなる。
「なに……あれ?」
「な、なにが!?」
雄也とパンジーはあまりの展開について行けないでいた。闇魔法を使うレイアと多彩な攻撃を仕掛けるガディアス。銀髪侍女は、最早光妖精には見えない姿だった。なぜ、闇魔法が使えるのか? レイアの出生に関係しているのだろうか? そして、背中を斬られ、明らかに瀕死状態に見えた彼女。しかし、その状態にもかかわらず竜人へ向け放たれた強力な闇魔法。漆黒の闇が消え、紫色の妖気を纏った彼女の銀髪は下から風を受けているかのように逆撫で、銀色に光る瞳は獲物を狩る魔女のようだった。
「そうか……これが、聖魔大国〝聖魔錬金実験〟の完成型か……一族の魂も報われぬか……」
全身から緑色の血を流し、回復も追いつかない竜人。傷口から黒い闇の残滓が蒸気のように噴き出ている……。
「ガディアス……終わりですよ。死ンデクダサイ」
不適な笑みを浮かべるレイア。様子がおかしい。明らかにそこには殺意があった。
「そうか、闇に呑まれるか。だが、対峙してわかった。そなたは私の里を滅ぼした相手ではないようだ。無念……」
「レイアさん、だめだ!」
雄也が叫ぶ。このままガディアスを殺してしまえば、レイアさんが変わってしまう……そんな気がしたのだ。レイアは傷ついたガディアスへ向け、漆黒の魔剣を突き出した ――
「終わりですね……」
レイアが目を閉じる。が、その瞬間、その場に似つかわしくない声が周囲に響き渡るのである。
「はーい、こんにちはーミュウミュウちゃんですー! 今日は竜人族の知将、ガディアスさんへインタビューしに来ましたぁああああ」
突然の招かれざる客に、その場に居る全員が息を呑んだ ――




