第89話 銃と対峙する
「押すよ」
して、
僕の一言にばあちゃんと志成が頷く。インターフォンを押した。
『はい』
「約束してました、”チバ” です」
『どうぞそのままお入りください』
インターフォンに出たのは低い男の声だった。
玄関の格子戸をあけると石を埋め込んだ空間がある。広い。3人して靴を揃え、真っ直ぐ奥に延びる漆塗りの廊下を靴下のまま進んだ。
「チバさんですか」
さっきのインターフォンの声に呼び止められる。振り返ると短髪にきちんとアイロンのかかった白のワイシャツに黒に近い紺のネクタイ、やはり黒に近いグレーのスラックスを履いた長身の男が立っていた。
「先生は奥におられます。ご案内します」
前に出て僕らを先導する。なんて長い廊下だ。突き当りのふすまの前で、すっ、と男は正座した。
「先生、チバさんがお越しです」
「どうぞ」
意外と若々しい女の声。
促され、3人で部屋に入った。
20畳ほどの和室。床の間に一体、木彫りの仏像が置かれ、その横に蘭を活けた花瓶。
武田さとりは薄いカーディガンを羽織り、仏像に向かって合掌していた。志成を真ん中にして、ばあちゃんが奥、僕は入り口側に正座する。
「どうした?」
背をこちらに向けたままさとりは傲慢な医者が患者に向かうように訊く。
「うちの孫2人が学校に行きませんで・・・不登校とか引きこもりとかいうのになってしまっとるもんですから」
ばあちゃんが応対する。
「お前には訊いとらん。当の本人共に訊いとる」
志成が口を開いた。
「あの・・・わたし、学校でいじめられて、辛くて嫌になったので・・・」
ある意味嘘ではない。
「男の方は?」
げ、僕か。えーと。
「・・・姉ちゃんが学校行けなくなったらなんだか自分も世の中が嫌になって。家にいる方が気持ちが落ち着くので」
まあ、嘘ではない。
さとりがこちらに向き直る。
「たわけ共が!」
いきなり怒鳴りつけられて、ちょっとだけびっくりしてしまった。
「お前らのような穀潰しが日本を駄目にするのだ。恐れ入らんか!」
なんだかよく分からないけれども、志成と僕とで畳に手をついて頭を下げた。
「どうか先生のお力で孫共を救ってくだされ」
ばあちゃんも手をつく。
「ふん。過保護にしとるのう。よし! それならまず、伊勢神宮へ行け」
「伊勢神宮、でございますか?」
「そうだ。そして、こう祈願するのだ。”どうぞ私共を日本のお役に立てる人間にしてください” と」
「はい」
「参拝して帰ってきたら私に報告せよ。もしそれでも何のきざしも無ければ、お主らの先祖に遡って腐り切っておるということだ」
「あの、先生」
「何だ」
ばあちゃんがいかにも年寄り、という風に話し始める。
「うちの近所に霊験あらたかな神様がおられまして、小さな祠にお祭りされとったんです。その神様は地元の衆をお守りくださる力があると評判でして。私は孫が可愛いもんですから、この2人が小さい頃から連れてお参りしてましてな。その頃は2人とも元気で友達もいっぱい居って、喜んで学校に通っとりました。ところが、いつの間にかその祠が取り壊されて、それからですわ。孫がいじめやらなんやらで、いっこも学校に行けんようになってしまったのは」
「お主らの悪業のせいじゃ」
「そうですかの? うちの孫はそりゃあ立派なもんだと思っとりますが」
「たわけが。過保護も大概にせい」
「私は孫におもちゃのピストルなんぞ買い与えたりしませんがの」
「何・・・?」
「ピストルなんぞ買ってやる方が過保護ですわいね」
「お前、誰だ?」
「先代のばばですわ」
「先代?」
「大志!」
志成の叫び声と、タン! とふすまが開け放されて木刀を振り下ろされるのが同時だった。
咄嗟に後ろへのけぞってよけた。
恐怖はあるが、ボクサーのステップイン程ではない。
さっきの男が2撃目を、今度は横払いに振ってくる。志成が近くにあった香炉を投げつける。
「あ!」
男の左手の甲に当たり、木刀を握ったままうずくまる。
僕はシューッ、と畳の上を膝で滑り、男の手にある木刀を掴んだ。奪おうとするが、もう片方の手で握り直し、放さない。やりたくなかったけれども、転がっていた香炉を拾い、木刀を持つ手の甲に打ちおろした。
「おおっ!」
男は膝をがくっと折り、ひれ伏すようにして痛みを感じている。脂汗をかき、涙すらぼろぼろ流し始めた。
香炉越しに残像が見えた。こいつはさとりの弟だ。訓練も何も受けてないただの素人。男は放っておくとして、さあ、さとりだ。
「バチ当たりめが」
正座したまま右手に拳銃を持つさとりの前でばあちゃんがつぶやいた。年寄りの仁王立ちだ。
「仏像の台座に隠しとった」
ばあちゃんは、ちっ、と舌打ちする。
「なぜ撃たん」
「取引しよう、先代のばば」
「覚えとったか、さとり」
「忘れいでか。仏を騙るお前の姑のせいで水田は没落したのだ」
「逆恨みもいいとこじゃ・・・取引とは?」
「お前も占いができるんだろう」
「占いではない。神仏のお告げじゃ」
「お前がこの先、占いで私に助言してくれるんなら撃たないでやろう」
「私欲の輩にお告げは出ん」
「なら、撃つ」
パン!
正直拍子抜けした。昔、祭りの縁日で買ってもらった火薬玉の音よりももっと軽くて乾いた音。それでも僕と志成を黙らせるには十分だった。
「外れたの」
ばあちゃんは口を閉じない。
「外したんだ。柱を見ろ」
つい敵から目を逸らし、振り返ると柱に釘でも抜いたような点があった。
「私もアメリカで銃のレクチャーを受けたからな」
「親がこうではどうにもならんの」
「どうだ。占いせんか?」
「いい。もういつ寿命が来ても構わん」
「そうか」
さとりは左手も添え、両手でばあちゃんの胸あたりに銃口を向けた。
「暴発するぞ」
僕は低い声でさとりにぼそっと呟いた。
「何?」
「多田組の山田から聞いた。売り捌いた銃は旧ソ連時代の粗悪品だと。メンテしてばら撒いたと」
「お前が何で知ってる」
「僕には見える。2発目を撃ったら、暴発して部品の欠片がお前の眼を直撃するぞ」
「時間稼ぎか」
「お前、本当は分かってるんだろ。ばあちゃんのお姑様が本物の仏だったって。僕はそのひ孫だ。お前ごときの運命なんか手に取るように見える」
「・・・嘘つけ」
さとりは僕に銃口を向け直す。
「えせ占い師ごときが本物の仏に勝てると思ってるのか」
パン!
撃った!
僕はさとりが引き金を引く指の動くタイミングと同時に伏せた。
「お前!」
志成が汚い言葉遣いで叫び、体ごとさとりにぶつかる。さとりはまだ銃を放さない。
「志成、どけ!」
はっ、と志成が飛び退き、さとりが3発目の引き金を引こうとする直前、鎖骨に力任せに木刀を振り下ろした。
「げえっ!」
さとりは意味不明の悲鳴を上げるがまだ右手に銃を持っている。もう一度木刀を振り、右の二の腕を打ち据えた。聞き取り不能の声を上げ、ようやく銃をぼとっ、と畳の上に落とした。
さとりは痛みをどうすればいいのか分からないようだ。畳の上をのたうちまわっている。
「大志!」
なんだかよく分からないけれども、志成が僕の後ろから抱きついてきた。余程心配だったんだろう。でも、まだだ。
「この人たち、どうする?」
今警察を呼んだら、僕らもまずい。ばあちゃんが悶絶しているさとりの前に立膝をつく。
「3日間猶予をやる。おのれら、3日以内に警察に自首せえ。拳銃を持ってな。そこで泣いとる弟と仲たがいして殺し合いになったと言うんじゃ」
さとりはばあちゃんの声が耳に入っているかどうか分からないぐらいに苦悶の表情だ。
「さとり。私のお姑様は人の生き死にすら遣り取りできるお方じゃった。おのれのような悪因縁の輩を明日閻魔さまの前に突き出すことなぞ造作もないんじゃ。死にたくなければ警察へ行け」
ああっ、ああっ、とさとりは何か言おうとしているが言葉にならない。
「うるそうてかなわん。とにかく警察へ行け。3度言ったぞ。行かんかったら・・・」
ばあちゃんはゆっくりと立ち上がって続ける。
「殺すぞ」




