第60話 そんな訳、あるか
犬も歩けば棒に当たる、とはよく言ったもので、炎天下を30分ほど走った隣の校区の駐車場で小学生と思われる女子が5、6人固まっているのに出くわした。
通り過ぎようと思ったのだけれど、何だか様子が変だ。
「おい、ザン、早くこの世からいなくなれよ」
「ザン、ザン、ザン。気持悪ーんだよ」
背の高い子が、”ザン”と呼ばれているややふっくらとした女の子の尾骶骨あたりを蹴り上げた。
「ちょ、ちょ」
僕はさすがに声を掛け、駆け寄った。
「え・・・と。今のは何?」
「誰ですか、あなたは?」
「いや、通りかかったら何か様子がおかしいから。今、足で蹴ってたのは何?」
「遊んでただけです。ね?」
小柄で美人顔の子の冷えた睨みで、”ザン”は無言で頷いた。僕は質問を変えた。
「どうして欲しい?」
僕は美人顔の子がリーダーだと判断し、彼女を相手に交渉を始めた。
「どういう意味ですか?」
「僕は、今君たちがやっていたのはまともなことじゃないと判断した。できれば人を蔑んだり暴力を振るったりするのをやめてもらいたい。でも、僕はずっと君たちの行動を見張ることもできない。ならば、誰かに君たちのやっていたことを伝えてその人に君たちを見守ってもらうしかない。誰に言えばいい?」
「何であなたにそんな権利があるんですか?」
「権利はない。でも義務はある」
「義務?」
「責任、と言い換えてもいい。君はご両親と一緒に暮らしてる?」
「はい・・・だから?」
「普通、この”義務”や”責任”は君のご両親が果たすべきものだ。でも果たせていない。君のご両親がこのことを知らないのなら伝える。でも、知ってるのに義務が果たせてないんだとしたら、ご両親にそういう能力が無いってことだから別の人に伝える」
「警察に言いますよ」
「何て?」
「通りかかった男の人に”脅されました”って」
「言いたければどうぞ。そんなことぐらいどうでもいい。そんなことで怯むぐらいなら最初から声なんか掛けてない」
「キモいですよ」
「それも別にどうでもいい」
”ザン”を取り囲んでいた少女どもは何やら小声で相談を始めた。リーダーの彼女が答える。
「すみませんでした。もう、いじめはしません。約束します。今日はこれで解散して帰ります」
僕は首を振った。
「”今”じゃなく、”この先ずっと”を確実にする義務が僕にはある。ご両親に君の行動を伝えたい」
「チクるんですか?」
「それは、”貶められる側”の使う言葉だ。貶めでも話を捏造する訳でもない。”事実”をそのまま伝えるだけだ。それが”チクる”という意味なら、僕にはチクる義務がある」
「親には知られたくありません」
「じゃあ、学校か警察に言えばいい?」
「誰にも知られたくありません」
「それは子供の言うことだ」
「私は子供です」
「君は多分小学校高学年だよね」
「6年生です」
「じゃあ、もう充分自分の言動には責任を負える」
「法律上は子供です」
「法律なんてどうでもいい」
「あなたは私的に私達を罰したいだけですか?」
「罰する権利も義務も無い。ただ、さっき傷つけられていたその子を今後どう守り、君たちがまっとうな言動をするようにさせる義務はある」
「親の連絡先は教えません。学校も」
「・・・じゃあ、警察しかないね」
僕はウエストポーチから携帯電話を取り出し110番を押そうとする。
「ちょ、ちょっと待って。あんた、おかしーんじゃない?」
さっき、”ザン”を蹴った子が僕を蹴ろうとする。よける。
「おかしいとかそんなのどうでもいい。もしかしてその子をいたぶっても自分たちは”安全地帯”に居られると思った?」
みんなおろおろし始める。僕はゆっくりとこの世の事実を告げる。
「そんな訳、あるか」




