第58話 今は終わりにしておいていい?
店を出て、なんとなく自転車を手で押して歩き始めた。僕が前を、志成がその少し後ろを。
暑さは少しおさまっている。空が翳り始めたのだ。一雨きそうな雲が上空に満ちてきている。2人は無口になる。というか、僕が無口になってるだけだ。
「大志、もしかしてだけど」
志成の方から話しかけて来てくれた。けれども、
「怒ってる?」
こんな風に答えづらい質問をしてきた。できるだけ平静に話そうと試みる。
「別に・・・」
ああ。”別に”、なんて言ってしまった。
気まずい。
「小坂くんのこと、何か特別に思ってるとか、そんなんじゃないから。ただ、唯一、”なつかしいな”、って思えるってだけだから」
「彼のこと、好きだったんでしょ」
「・・・分からない。好きかどうかで言えばそうだったのかもしれないけど・・・でも、中学の時のわたしは誰かを好きになる資格すらないって状態だったから」
「・・・ごめん」
志成がすっと僕の横に並ぶ。
「でも今は、”誰かを好きになって構わない”、って大志や樹くんや田中さんが教えてくれた。・・・だから・・・」
だから?
「わたしは、大志が好き」
思わず立ち止まった。
「え?」
「でも、何も言わないで。返事もしないで。だって、おばあちゃんから、惚れた腫れたでいるとバチが当たるって言われてるし」
「え?え?」
「わたしは・・・こんなわたしが男の子を好きになっていいんだ、ってことが嬉しいの・・・だから、一方的に”好き”って言っただけで今は終わりにしておいていい?」
「え?え?え?」
「うーん、最後にもう一回言っとくね。大志、ほんとに好き・・・うん、これで当分言わないから安心して」
志成は、たっ、とサドルにまたがり、風のように自転車を走らせて行ってしまった。
雨が降り始めた。




