第40話 いじめの客観
その後、しばらく5人で話した。ようやく東金の会話らしい会話も僕は目にすることができた。
「志成ちゃん、って名前なんだね。いじめのトラウマは残ってるでしょ」
「・・・休学してますし、今の生活が結構充実してるので平気です」
僕も心を寛容にして東金と志成の会話を黙って聞く。
「俺もずっといじめられてたんだよね」
「はい」
「背、低くて、球技とか全然だめで。気が付いたら、”ダスト”、ってあだ名になってた」
「え?」
「塵ってことだよ」
「そう、ですか・・・」
「大学出て日田技研に入った」
「あ、測定機器の日田技研ですか?」
業界最大手の超優良企業だ。単純にすごいと思ったので、お愛想で東金に質問してみたけれども返事がない。
「東金!」
会長がドスを利かせると、嫌々答えた。
「ああ、そうだよ。親は俺がいじめられてること知ってていつもこう言ってた。”勉強で見返してやれ”、って。今にして思えば両親とも卑怯だよな。とどのつまりはいじめられるのは俺の責任かもしれないけど、わかってて問題をすり替えるんだからな」
「東金は大学在学中に税理士試験の内6科目合格してるんですよ。クレバーな男なんです」
ふーん。
「ああ、勉強しましたよ。他に方法も分かりませんでしたし。会社でもまあ順調でした。でも、やっぱり違うんだよ」
東金の口調が徐々に荒れ始める。
「俺が勝ちたかったのは勉強なんかじゃないんだよ。スポーツや、もっと言えば俺をいじめた、”あいつら”、と同じ学校内のランク付けで勝ちたかったんだ。暴力も含めて」
ぞっとした。
屈折、してる。
「上手くいってる時はいいんだよ。それこそ昔のことも全部許せる気になる。でも、ちょっとでも失敗があると、すべての原因がいじめられたことにあると思ってしまうんだ。いや、事実いじめが原因なんだ。仕事のことも対人関係も、無気力になるのも。だから会社を辞めた。親がうろたえまくる姿を見てすかっとしたよ。地元に戻ってバイトしながらこのジムに通い始めた。充実してたよ。今やランキング2位でチャンピオンに手が届きそうだ。ようやく、”あいつら”、と同じ土俵で勝つことができる」
この人は、駄目だ。そう思った瞬間、
「おい!」
と東金が僕に向かって大声を出す。同時に会長が彼を睨みつける。会長の手前、無理に声を落ち着けて僕に語り掛ける。
「大志くん、だっけか? あんたは俺や志成ちゃんがどんな思いをして生きて来たのか分かんないだろ? そのあんたが一緒になって休学してるのが、虫酸が走ってしょうがないんだよ」
僕は、答えられなかった。東金はともかく、志成の前で、気持ちは分かる、などというあつかましい台詞を吐くことはできなかった。
そんな僕の代わりに、志成が答えた。
「東金さん、大志のことを憎まないでください」
「え?」
途端に東金の声が大人しくなる。
「大志は2年前、事故でご両親と妹さんをいっぺんに亡くしています。色んなことがあって、わたしを守ろうとしておばあちゃんと大志が家に置いてくれてるんです。いじめも辛いことだけど、大志の経験もとても辛いことです。おんなじなんです」
「・・・本当に一緒に暮らしてるんだね」
「はい」
しばらく沈黙が続いた。
「志成さん、あつかましいついでにもう一つお願いなんですが・・・」
口を開いたのは会長だった。
「こいつのタイトルマッチ、やっぱりなんとか観に行ってやって貰えませんか?」
「・・・大志も一緒に行っていいのなら、行きます」
恐らくそれは東金にとって本意ではない。けれども会長は当然そうですね、という感じで僕に問いかける。
「大志さん、どうかお願いできませんか?チケットはもちろん、お2人の交通費もジムで出します」
志成も僕を見つめる。
「行きます」
東金の、ちっ、という舌打ちが聞こえた。




