第39話 ならぬかんにんするのこそ・・・
「申し訳ありません」
応接室のテーブルに手をついて会長は詫びた。
「東金! お前も謝らんか!」
東金は視線を落としたまま形だけ頭を下げた。ようやく顔に血の気が戻ってきている。減量中の彼にとって、先程のチェイスはやはり限界を超えたものだったのだ。
そして、アランのモーニングは、彼が口にできる貴重な食事の一部だったのだ。
今日のチェイスの前はそれすら無く、減量の追い込みをしていた彼は、予想外のランに引きずり込まれ、弱った体への負荷で酸欠を起こし、胃の中には吐くものも無く、うずくまるしかなかったのだろう。
「まあ、深刻な症状でなくてよかったですね」
マスターが大人の発言をする。そのことが余計に会長を恐縮させる。
会長もおそらく元ボクサーなのだろう。白髪交じりで短髪の頭をさらにびしっ、という動きで深々と頭を下げる。
「東金のやったことは犯罪です。皆さんにはお詫びのしようもない。すべて皆さんのご意向通りにします。東金を警察に突き出せ、とおっしゃるんなら今から警察署へ行って皆さんの目の前で自首させます」
不思議だ。
憤慨すべき状況の連続のはずなのに、このジムの敷居をまたいでから一度も嫌な気分になっていない。それどころか会長の顔を見ていると、清々しく、涼風が頬に当たるようだ。
会長の言葉を受け、マスターがゆっくりと口を開いた。
「私はともかく、大変な思いをしたのは大志くんと志成ちゃんだ。2人の判断に任せようと思うんですが」
僕ははっきり言ってどちらでもよかった。会長の言葉だけですべて終了したような気分だ。
無言で志成の目を見る。彼女はもう結論を出していた。
「ならぬかんにんするのこそ、誠のかんにん」
「?」
「?」
「?」
志成の言葉に僕ら以外の3人が不思議そうな顔をする。
「志成、それって・・・」
「うん。おばあちゃんが教えてくれた。お姑さんの口癖だったって」
僕も子供の頃からばあちゃんに聞かせ続けられた。志成もそうなるんだろう。
「わたしには人を罰したり、ましてや許したりするような資格なんてありません。若輩者です。でも、それでも敢えてどちらかを選べるとおっしゃるなら・・・」
志成はすごい。
「わたしは東金さんを許します」
東金は、ド、と低く右拳でテーブルを叩き、そのまま俯いた。
勝ったのは僕じゃない
東金は、志成に負けたんだ。




