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タイシとシナリ  作者: @naka-motoo
第2章 2人目の敵
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第37話 激情一閃

 いくらなんでも人間の身体には限界、というものがある。通常の僕ならばとっくに倒れ込んでいる。ただただ死への恐怖から走り続けているだけだ。

 いっそのこと、立ち止まってボクシング、という相手の土俵で戦おうかとも思った。いや、ボクシングでなくてもいいのだ。こっちは蹴ろうが石を投げようが、なんでもいいのだ。相手は人を殺せる武器を自分の身に持っている。死にたくなければ手段を選ぶ余裕など僕にはない。

 けれどもさっき一瞬みせた東金のあのステップ・イン。はっきり言って人間の出せる瞬発力ではなかった。

 蜘蛛が瞬間移動のように体数個分を水平に動いて獲物を捕食するのを見たことがあるだろうか。動いているプロセスは見えないのだ。最初から捕食したその場所にいたとしか思えないような移動なのだ。

 僕はピストルを持ったところで東金には勝てないだろう。けれども、”決断する”、時だ。僕は左手に見えてきた一級河川の土手に向かってほぼ直角に左へ曲がる。インファイトを得意とする東金は苦も無くフットワークで方向を変える。

 少し離れて走る志成は前方の動きを見て、最小限のカーブで僕らに続く。この光景が、後ろを振り返らなくても僕には見えた。

 これが、”戦い”、に当たって神仏から授かった能力なのか、切羽詰まった僕が人間の知覚の限界以上を引き出しただけなのか、分からない。何にせよ、背後が見えるのはありがたい。土手に上がるためのスロープを前に、僕は覚悟を決めて最後の力を振り絞った。


「ぜえーっ!!」


 気合い一発の声を発した。

 足もそうだが胸から上が酸欠になっているのがやけにクリアに認識できた。

 その体に鞭打って坂を登る。

 東金もスロープにかかりスピードが落ちた。それを励みに足の母指球にぐいっと力を込め走り登り続ける。


 よし!


 東金との差が広がった。

 志成もスロープを登り始める。こぎ続けるのが無理と考えたのだろう。たっ、とサドルから腰を外して自分の足で駆け、自転車を押し上り始めた。

 体力はともかく、彼女の精神力には恐れ入る。

 当の僕自身が、”もういいや”、と思いかけているのに。


 登り切るときれいに舗装されたサイクリングロードだ。坂からアスファルトの道に出た僕は、もはやジョギング程度のスピードになっている。

 後方の2人もサイクリングロードに出て来た。

 

 東金は・・・・・まだ走っている!

 しかも僕よりやや速いぐらいだ。


 失敗か!


 なんてスタミナなんだ。僕は足が痙攣する一歩手前だ。下手したら肉離れしかかっているのかもしれない。


「大志!危ない!」


 振り返らなくても見えるのだけれども、志成の声に思わず首を後ろに向ける。

 

 東金がダッシュしている!

 

 どこからこの執念が湧いて出て来るんだ。

 志成は立ち漕ぎで長い髪を振り乱している。多分、自転車で東金を遮るかぶつかるつもりなんだろう。

 けれども精魂を使い果たした力ないあの漕ぎ方ではあえなく東金に転倒させられるだろう。


「大志!!」


 東金はもう完全に僕を捉えようとする距離に迫る。

 志成の泣き声に近い叫び声に応え、


「はっ!!」


と僕はもう一度気合いを発し、心はダッシュした。足は動かない。


「ごええっ!!」


 志成の叫びと僕の気合いと、今聞こえた、ごえー、とかいう何だかよく分からない音の間にどのくらいの間隔があっただろう。

 恐らくそれぞれコンマ以下の秒数しかないはずだ。

 自分の脳内のモニターでは東金がしゃがみ込んでいる。けれども安心はできない。歩く程のスピードで僕は走り続け、20m程の距離を開けてから振り返った。

 

 東金は嘔吐していた。

 いや、正確には嘔吐しようとしているができないでいた。

 志成の自転車は東金を大きくよけて僕の所まで来た。


「大志、大丈夫?」


 僕の心が一気に弛緩する。

 僕も思わずしゃがみ込む。

 自転車を停め、志成も僕の前にしゃがんだ。

 彼女も大汗をかいている。

 僕は東金の方にもう一度目を向ける。東金は仰向けになり、全身で呼吸をしていた。


「脱水症状かと思ったけど、大丈夫そうだな」


 救急車を呼んだら後が面倒だ。

 ここに至るまでの状況を誤解なく説明できる自信など僕にはない。


「志成、マスターに電話してくれない?今、土手にいるから申し訳ないけど迎えに来て、って。それから、電話したら志成はとにかくここを離れて」

「何で?」

「東金がまた向かってくるかもしれない。もう僕は動けないから、取り敢えず志成だけ逃げてて」

「行かない。わたしが大志を守る」


 志成はさっきの刃物をジャージのポケットから取り出した。


「それ、何?」

懐刀ふところがたな。おばあちゃんが貸してくれた」

「ばあちゃんが?」


 ナイフかと思ったのは古風な短刀だった。やっぱり警察沙汰にはできない。こちらも不利だ。

 それよりも・・・


「僕を守るって、どうやって?」

「今度は、あの人を、刺す」


 志成は油断なく敵から視線を外さなかった。

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