第30話 嫉妬重度
マスターには事情を説明してある。志成がそのお客さんにやんわりと、”自分はフリーじゃない”、と伝え、彼の気分を害さずに距離を取りたがっている、ってことを。マスターも志成のことを心配していたので協力してくれる。
「いーよねえ。一緒に暮らしててもこうやってコーヒー飲みに来てくれるなんて。家でもコーヒー淹れてるんでしょ?」
「ふふっ、インスタントですよ、マスター」
「え?そりゃ駄目だなあ。俺のお古でよければ、コーヒーの道具一通りあげようか?」
「え?いいんですか?やった!」
「ちゃんとそれで彼にうまいコーヒー淹れてあげなよ」
「そーですね。彼、朝が弱いから寝起きに濃ーいのを飲ませてあげようかな」
うまい。なんとも巧みな会話を2人は続ける。固有名詞も出さずに、しかも嘘も言っていない。僕と志成が一緒に暮らしてるのも本当だし、僕は朝が弱いっていうのも本当だ。この会話を聞いて2人が同棲してるって捉えるかどうかは相手の勝手だ。彼の表情が険しくなっていく。”諦める”、という顔ではない。強烈に怒っている顔だ。どうやらしおらしくするタイプではないらしい。ただ、もうすぐ9時。彼が仕事に行く時間、のはずだ。
「ありがとうございます」
立ち上がった彼を見て志成がレジに立つ。
何かの紙片を志成に渡した。
「え?これは・・・」
志成は僕にも状況が分かるように、ややボリュームを上げて話す。それに対し彼は、横眼でこちらをちらちら見ながら、ほとんど聞こえないようにして話している。
「東京、ですか?でも行けるかどうか分かりませんし」
「・・・で、・・・・・から」
「いえ・・・そんな、申し訳ないですよ」
「・・・・来てくれたら嬉しい。無理にとは言わないから」
「そうですか。分かりました、頂きます。どうか、頑張ってください」
ごちそうさま、とマスターと志成に挨拶し、彼は店を出て行こうとした。
志成よりも背が低い。その彼が首だけ振り返り肩越しに僕を見を睨む。
わずか2秒。けれどもその2秒で僕は完全に彼に威圧されてしまった。
なんだ、あの眼は。
子供の頃、動物園で雄ライオンと眼が合ったことがある。恐怖で思わず視線を反らしてしまった時のことを思い出した。
彼が完全に店から出た後、僕はカウンターへ歩み寄る。マスターも厨房から出て来た。僕はせわしく訊いた。
「何だった?」
「ボクサーだって」




