第27話 ふたりの、新生活
僕たちの生活も軌道に乗り始めた。
世間ではゴールデンウィークに突入している。
バイトもまあ、概ね順調だ。連休に入る前、初めてのバイト代を貰った。なかなか感慨深い。実は志成の方が僕よりも高給取だ。マスターは結構いい時給を出してくれてる。
僕は生まれて初めて稼いだお金でアランのブレンドを飲んだ。
互いのバイト上がりの時間がほぼ同じなので、迎えがてら立ち寄ったのだ。
アランのユニフォームは白のワイシャツに黒のスラックスだ。男女とも同じ。背が高い方ではないけれども身体パーツのバランスが整っている志成のユニフォーム姿は、すらっとしてかっこいい。片手でお盆を持って、テーブルの狭い間をすっ、すっ、と滑るように歩く姿もなかなかだ。彼女がいじめに遭ってたってことを多分客は想像もしないだろう。
「じゃあマスター、お先に失礼しまーす」
「おー、志成ちゃん。今度は月曜に頼むね」
「はーい」
店外に出ると、日差しは既に初夏のものだ。
随分前に散った桜並木の鮮やかな新緑の木陰を歩くと、より夏の訪れが待ち遠しくなる。
「ほんとは梅雨もあるけどね」
志成はそう言って笑う。
一緒に暮らし始めて一か月。この子がこんなによく笑うとは知らなかった。会話の前置きにすべて笑う、という感じだ。思えば物心ついてから17歳になるまでひたすらいたぶられ続けてきたのだ。その重しが取り除かれた今、彼女の本質がほとばしり出ているのかもしれない。
”これがほんとのわたし”
志成の笑顔を翻訳するとそういう意味かもしれない。
「嫌なお客さんとか来ない?」
「え?そんな人いないよ。いたとしてもお客さんだもん。コーヒー飲んで貰えればありがとうだよ」
「そっか。ならよかった」
アランはバイト先としてはとてもいい店なんだけど、一つだけ心配なことがある。繁華街にあり、禁煙になっていないこともあって、勤務上がりのホストやキャバ嬢がよくモーニングを食べに来るらしい。
志成はそういう人も含めて
「お客さんはありがたい」
と言ってる。
もちろん、その通りなんだけれども、心配は心配だ。
あと、時折、制服で堂々とタバコを吸い始める高校生もいるらしい。そういう客にはマスターが注意して吸うのをやめさせるらしいけれども。
家においては主婦としての志成もかなりレベルが高い。
料理はごく普通にこなす。
レシピ本を一冊買いはしたけれども参考程度に手元に置いているだけで、基本的なおかずはほぼ大丈夫のようだ。ただ、ばあちゃんが毎日次々と野菜を収穫してくるので、文字通りどう料理しようかと頭脳をフル回転させてる。
僕も志成に習いながら徐々に任せてもらえる料理が増えてきた。
大抵の生活は上手く回ってるのだけれども、一つだけ微妙なのがお風呂の順番だ。
年寄りの一番風呂は体に悪いし、最後の風呂掃除をさせる訳にもいかないので、ばあちゃんは必然2番目になる。
問題は一番風呂だ。
女の子だからきれいなお湯につかりたいだろうと思い、志成に一番風呂に入るように勧めてもそうしない。最後がいいという。
居候だからって遠慮するなと言うのだけれども固辞する。
「どうして?」
と訊くと顔を赤くしてこう答えた。
「だって、わたしの後に大志が入るのって、何か恥ずかしい」
うーん。もしかしたら僕が女の子の入った後のお湯に何らかの特殊な興味を持つとでも思っているのだろうか。もし、仮に男がみんなそうだったとしても、2番目に入るのはばあちゃんなのだ。志成が先に入ったところで、更にそこにばあちゃんのエキスが混じったお湯をどうこうしようという気は全く起こらないと思うんだけど。
こんな感じでゴールデンウィークも開けた。トレーニングも欠かさずしてるけれども、日常がややまったりとする中、2人目の敵はいつ現れるんだろうと焦り始めた頃、志成から相談を受けた。




