第22話 休学交渉
始業前の職員室はぴりぴりしている。進学校の教師はいわゆる生活指導のエネルギーはほぼ使う必要がない。その代わり、難問の解法を示す塾講師としての手腕は必要だ。皆、問題集を読み込み、準備をしている。けれども僕と志成はお構いなしにそれぞれの担任の席に分かれて行き、話を切り出す。
「おはようございます」
「え・・・と。先代君か。お早うございます」
新年度で数日しか経っていないのに名前を覚えてくれていたようだ。中年一歩手前の上田先生に少しだけ好感を持つ。
「お忙しい所すみません。お願いがありまして」
「何かな?」
「休学の手続きを取りたいんです」
「休学?」
「はい」
「どうしてまた・・・」
僕が答えようとしていると、背後から甲高い声が上がった。
「どうしていきなりそんなこと言うの!?何か私のクラスに問題でもあった?」
志成の担任の池谷先生だ。まだ20代で整った顔立ちなので、男子からは人気が高い。
志成に喋らせずに話し続ける。
「やっぱり、いじめが原因?引継は受けてたけど・・・・」
ああ、そうか。志成がいたぶられてるってことはみんな知ってて、引継事項にすらなってるんだ。
「いえ、違います。わたしの個人的な都合です」
志成はいたって冷静に受け答えをしている。
「向こうと同じ話なのか」
上田先生は志成たちの遣り取りを顎で指した。
「そうです」
「どうして君と彼女が。彼女は加ノ上さんだろ?」
「先生も引継を受けておられるんですか」
「いじめのことは入学時から何度も職員会議で話し合ってきた」
「それで、何もしなかったんですか?」
「彼女もご両親も特に何も言って来ないからな。生徒間の自主性に任せるってことで静観してきたんだ」
臭いものに蓋だ。
上田先生や池谷先生は個人としては悪くないのかもしれない。しかし、それが実務を担う公人としたら話は別だ。組織として腐っている。
「セクハラとかって思わないでくれよ。俺は真面目に質問するんだが・・・」
何だ?
「彼女を妊娠させたのか?」
「・・・・違います」
「だとしたら理由は何だ?彼女1人ならばいじめが原因だと、まあ分かる。でも、君も、となると想像力が全く働かないんだ」
「個人的な事情です」
「困ったな」
「ならば、家庭の事情です」
「そうか・・・君のご両親は事故で亡くなったんだったね」
「はい」
「経済的な理由か?」
「その方が説明がつきやすいのであれば、そうしておいてください」
「分かった」
あとはもう、機械的な作業だった。教師の手を離れ、学校事務担当職員とのやり取りになる。査定に響くとでも思ったのか、池谷先生は志成に恫喝すらしていたが、淡々と大人の応対をする志成の前に、とうとううなだれた。
諸々の休学手続には今週いっぱいかかる。その間、一切登校しないという選択肢もあった。選択は志成に委ねた。彼女は最後の日まで通うという。
「あそこまで言ってこのまま来なくなったら、父に申し訳ない」
親への情ではなく、礼儀なんだろうな。




