第19話 一緒に暮らそう
こうして、加ノ上さんの父親を倒した土曜日から、新生活が始まった。
翌日曜日、シズルさんは隣県へ出発した。シズルさんも娘の分として先代家に生活費を入れると申し出たけれども、ばあちゃんが断った。「志成ちゃん自身が自活しないと意味が無い」と。
僕らは午前中のうちにバイトの面接をした。
僕の方は家から一番近いコンビニ。時給は夜の方が高いけれども、生活のリズムを作るため、午前中~午後の早い時間帯とした。
加ノ上さんはアランのウェイトレスを。モーニングサービスの時間帯の募集を前からしてたので、マスターからは渡りに船だと喜ばれた。彼女も午後の早い時間に上がりとなる。
午後から夕方にかけてはトレーニングの時間だ。
市の体育館がある親水公園をベースに活動することにした。
極力節約しないといけなので、体育館の中でも有料のジムは使わず、加ノ上さんがやってきた体幹トレーニングや、器具なしでできるものを中心にすることにした。ランニングは晴れたら公園の屋外コースを、雨なら体育館のアリーナを走ることにした。
夕方からは食事の用意だ。色々考えたけれども、バイトの無い土・日に2人でまとめて買い出しをして下ごしらえを一週間分、だーっとやっておいて、日々の調理は短時間でやるよう工夫することにした。僕はこれまで料理はばあちゃん任せだったので、焼きそばやらカレーやら程度しか作れないが、加ノ上さんはシズルさんに習っていたので一通りのことはできるという。病気に対応するための栄養管理は、”自分のことだから”、とシズルさんからしつけられて、極力料理を手伝うようにしていたらしい。僕は彼女に料理を習うことにした。
さて、こういった諸事が終わった後、夜は自由時間とはなる。けれども加ノ上さんは、”勉強する時間も欲しい”、とここはきちんと自己主張してくれた。なので、かすみの部屋を使わせて欲しいという。亡くなった後、そのままの状態で、かすみの息吹すら残っているような気がするので、かえって嫌じゃないかと加ノ上さんに訊いたけれども、全く構わないという。結局、彼女の寝室もかすみの部屋となった。
加ノ上さんに刺激されて、という訳じゃないけれども、1年後に復学することを考えたら、確かに勉強は続けておくべきだと思った。僕も夜の時間は主にそうやって過ごすつもりだ。
読経については僕は珍しくばあちゃんに疑問を投げかけた。聞けば加ノ上家は日蓮宗だという。南無妙法蓮華経だ。
「ばあちゃん、宗派の違う彼女にうちのお経を押し付けるのは間違いなんじゃないか?それに歴史の授業で習ったけど、浄土真宗の宗徒は日蓮上人を迫害してたらしいじゃない」
「大志、何を言っとる。志成ちゃんは我が家で寝食を共にするいわば家族じゃ。同じ家族がその家を守って下さる神仏にお経を上げるのが自然じゃ」
「わたしもそう思います」
加ノ上さんはばあちゃんに同意する。
「現に母も神社から日蓮宗の家に嫁いで、加ノ上家の神仏にお仕えしてきました。だから、わたしもそうします」
「ほら、見てみい。嫁ぎ先の神仏をお守りするのは嫁の役目じゃ」
「加ノ上さんはうちに嫁に来た訳じゃないよ」
僕がそう言うと、彼女は耳まで真っ赤にしてうつむいてしまった。
あ、しまった、と思ったけれども、加ノ上さんはしばらくそうして恥ずかしがっていた。
日曜の晩、ばあちゃんが、「もう寝る」と言って先に自室へ行ってしまったので、テレビのある台所で僕と彼女の2人きりになった。
ぼんやりとスポーツニュースを見ていると、加ノ上さんが不意に話しかけて来た。
「先代くん、あのね」
「うん?何?加ノ上さん」
「お互いの呼び方なんだけどね」
「うん」
「その・・・せっかく意味のある名前なんだから、下の名前で呼び合ったらどうかな、って・・・」
ちょっと目を伏せ、また上げる。
「・・・思うんだけど」
「うーん」
「そうすれば名前を呼び合う度に初心に戻るっていうか、目標を再確認できるっていうか」
「確かに。2人して大きな志を成す訳だもんね。そうしよう!」
「うん・・・じゃあ・・・”大志くん”」
「え?”くん” なんていらないよ。いいよ、”大志”、で」
「え、でも・・・」
「ほら、戦いで切羽詰まった時に、”くん”、とか、”さん”、とか付けてたらまどろっこしいでしょ。僕も君のこと、”志成”、って呼ぶからさ。ほら、言ってみて」
「た、大・・・」
「ん?」
「やっぱり、明日からにする!」
ぷっ、と思わず僕は吹き出す。
「え、なに?」
ふくれっ面をする彼女は、かわいらしい。
「いや、おもしろいな、って思って」
月曜の朝を迎えた。
「おはよう、大志」
「おはよう、志成」
「ほう・・・」
ばあちゃんは、にやにや笑っている。




