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タイシとシナリ  作者: @naka-motoo
最終章 最後の敵~決戦
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Xデーに向けて、生きる

 3月3日のXデーに向けて。とにかく、何が起こるか分からない。DV、鉄拳、弁護士、銃、薬物。これまでの4人+αの戦いも結局なんでもありだった。話が違う、なんて思ってはいない。そもそも、大徹さんが赴いた戦場には満足な治療施設すらなかったろう。もし戦いの舞台が大徹さんの戦場ならば、志成の傷だって、満足な縫合すら施されずに化膿し、衰弱死する可能性だってあった訳だ。肩と腕を撃たれても主人公が平気で動き回るなんていうのは映画やアニメの中だけの話だ。だから、僕は武士の子孫としてあらゆる事態を織り込み済みで戦う。

 僕はトレーニングの時間の一部を、東金さんが所属していたボクシングジムで過ごすようになった。


「本当にやるのかい?」


 僕は会長に頼み込んでしごいてもらうことにした。入門料も払うと言ったが、以前のお詫びだと言って受け取らなかった。その代わり、練習生とすら思わずにしごき抜くと。

 大げさではなく、志成と僕自身の命も懸かっている。死ぬ気で密度濃く体を苛め抜いた。二週間ほど経ったところで、意を決して言ってみた。


「例えば、ですけど。弾丸をよけるためのトレーニング方法ってありますか?」

「先代君は一体何をしようとしてるんだ?」


 会長は訝しんだが、それでも効果的と考えられるトレーニングを提案してくれた。

 それは、相手のパンチに対して頭を突っ込むようによける練習だ。

 一対一の前提だが、数メートル以内で銃を持った相手と対峙する場合。下がると照準を定めやすい。逆に極端な至近距離で銃口とは異なる方向によければ、相手は咄嗟に照準の修正ができず、結果弾丸を外すことができるだろうと。


 ヘッドギアを付けてリングに上がる。僕は手を出さない、というか、出す技術が無い。ひたすら避けることに専念する。ただ、相手はプロボクサーで、東金さんのいた階級の日本ランカーだ。ただで済むとは思っていない。


「シッ!」


 最初に当てられたのはジャブだ。ということも後で会長に解説してもらって認識できた。

 遠巻きに観戦するのと、当事者としてリング上で見る光景とはまったく違うものだった。自分がなされたことの認識の1つ1つが即座にできない。いや、認識する前に耐え、判断し、行動につなげなくてはならないということを叩きこまれた。文字通り、身をもって。


 パパパパパン!


「先代君、それじゃあダメだ」


 会長が厳しく怒鳴る。


「何で自分に全部当たるのか分からないだろ。君は自分で当たりに行ってるんだよ」

「え? どういうことですか?」

「ボクシングっていうのは実はとても繊細な競技だ。相手は君の心の動きを読んでる」

「心?」

「正確に言えば、目線や表情、一流選手になると僅かな筋肉の動きまで読む」

「それほどですか・・・」

「言葉は悪いが、素人の君は自分の心の動きが体にまる出しなんだよ」

「うーん」

「至近距離で銃を持った相手も同じだろう。君が目線を右に向ければ銃口を右に向けるだろう」

「じゃあ、どうすれば」

「まあ、オーソドックスに言えば、相手の眼を始終睨み続けて視線を外さないことだね。そうすれば今度は先代君が相手の心を読む側に立てる」

「あ、なるほど」

「ガンつける、ていうのはビビらせるだけじゃなくって、合理的な理由もあるんだよ」


 試してみた。プロボクサーの鋭い視線を反らさずに見る、というのはそれだけで神経をすり減らす。まして、至近距離では銃の殺傷能力に劣らない”拳”を持っているのだ。それこそ弾丸を鼻先で交わすぐらいの度胸と冷静さが必要だと実感した。

 態勢をやや低くして上目づかいでボクサーの眼を見据える。不意に真正面に拳が現れ、僕の鼻を直撃した。


「うっ!」

「よーし、それでいい! 目を逸らすな!」


 相手も待ってはくれない。2発、3発と鋭いジャブが繰り出される。4発目で鼻から水が出て来た。いや、鼻血を出したようだ。5発目、思い切って前へ足を踏み出してみた。目の前で大きくなった相手のグローブが右頬をかすめて耳の後ろ側へ、ブン、と飛んで行った。

 あ、避けれた!


 その頃、志成は後期高齢者の男女2人と一緒に、軽四で神社を回っていた。


「いや、ありがたい。今日びこういうことを奉仕でやってくれる人がいなくてねえ」


 おじいちゃんが車を運転しながら、こう言うと、助手席のおばあちゃんが、


「ほんとにね。年寄りだけじゃ作業できない所もあるからね」


 志成がXデーのために新たに始めたのは神社の清掃奉仕活動だ。街中だけではない。山中にある小さなお社もこうして車で回る。このご奉仕は、ばあちゃんの指示だ。ばあちゃんによると、こうして神域を訪れ、神様のご神徳やお力をいただき、Xデーまでにため込むのだそうだ。いわば、”幸運の女神さま”というのが最後の戦いで志成が果たす役割らしい。


「何か社ぐらいあるんですか?」


 後部座席で志成が訊く。


「うちの神主さんだけで20社はあるからね。雪が降ったら降ったで除雪もせんとね。山奥でも参拝に来て下さるからね」


 こうした山の中のお社には神主さんが常駐せず、大きなお社の神職が兼務で管理させていただいている。基本奉仕なので、氏子さんの有志らで掃除等に回ることが多い。この老夫婦は、老後の自分達の勤めとして、ご奉仕を続けている。


「志成ちゃん、そっちの落ち葉まとめておいてね」

「はい」


 階段を上ってようやくたどり着いたお社で、志成は黙々と作業を続けた。一段落して、社殿の屋根を見上げる。


「どうした? 志成ちゃん」


 老婦人の声にはっと我に返り答える志成。


「はい。その・・・なんだか壊れそうで」

「ほんとにねえ。嘆かわしいけど、これが現実だよ」

「はい?」

「お社を修復しようにもご奉納がなかなか集まらないんだよ。有名な神社ならみんなこぞって何百万円も寄付なさるのになあ」

「たとえば、市や町のお金で修理したりできないんですか?」

「志成ちゃん、そんなことしたら文句言う輩が山ほどいるんだよ。信教の自由とか、私有地なのにどうして税金使うんだとか」

「え。でもこの神様は土地や住民を護ってくださる神様ですよね?」

「みんなが志成ちゃんに言ってくれればいいのにねえ・・・最近はパワースポットとか言って神社参拝が流行っとるとか言うが、そりゃ結局自分のご利益のためでしょうが。氏神様の所へはろくにお参りもせんとって。縁結びのご利益があるって世界遺産の神社へ行ってお金を落としてくる・・・それはちょっと違うと思うがのう」

「まあ、わたしらも、ばーん、と土地の神様に100万円ほど寄付すればいいんじゃろうが、なかなできんのでのう。申し訳ないんでせめて体動かしてご奉仕の真似事をしとるだけだわ。ねえ、おじいさん」

「ああ。ほんとに申し訳ない事だ」


 志成はにこっ、と笑う。


「いえ。神様はきっとお喜びですよ」

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