本当は頼りたくなかったんじゃが・・・
幸いなことに、というのが適切な表現かは分からないが、志成は手の甲を10針縫うだけで済んだ。太い動脈は切っておらず、神経にも異常はない。念のため、一晩入院し、後は通院で治療ということになった。ただし、相当ショックを受けている。”戦い”の中でこれまで何度も危険な目には遭ったが、それでも僕らは無傷だったのだ。
「シズルさんには私から電話した。じゃが、本当に来て貰わんでも良かったのかい?」
「はい・・・一応傷も大丈夫、手もちゃんと動きますし。この街に来て万一父とばったり会っても困りますし」
「お父さんには」
「すみません。連絡しないでください」
病室ではばあちゃんと志成が遣り取りするのをぼんやりと聞いていた。窓の外を見ると雨が降り出している。
警察の人もさっき帰ったところだ。
「申し訳ありません」
と、病室に来てくれていた近田忠の両親は土下座せん勢いで謝り果てていた。
病室に関係者全員が揃っていたので、さっきまで刑事から事情聴取を受けていたのだ。
「被疑者はたまたまお宅に押し入っただけで、みなさんのことは全く知らないと供述しています」
「そんなバカな」
と近田忠の父親は息子の話をしようとしたけれども、ばあちゃんが止めた。詮無い事だ。
みんな帰り、志成、ばあちゃん、僕の3人だけとなった。少しくつろぎたい気分だった。
「志成、何か食べたいものある?」
「え? 何でもいいの?」
「うん。何でも」
「じゃあ、もちクリーム!」
「後でコンビニで買ってくるよ。ばあちゃんも要る?」
「もちろんじゃ」
また、沈黙。気を遣ってか、志成が口を開いた。
「へへ、キズものになっちゃった」
そう言って右手の包帯をひらひら見せて、はらっ、と笑う。冗談だと分かってはいるけれども、彼女にこんな思いをさせてしまった僕は情けなさでいっぱいだった。ばあちゃんが真剣な声で僕たちに問いかける。
「どうする? 続けるか?」
質問の意味が一瞬分からず、逆に僕が問い返す。
「え? 何を?」
「戦いを、じゃ」
「・・・」
「正直、敵5人は所詮民間人と思って私も舐めとった。じゃが、ボクサー、銃を持った女、クスリ使い。皆、尋常でなかった。挙句にとうとう志成ちゃんをこんな目に遭わせてしもうた」
ばあちゃんは志成に頭を下げる。
「おばあちゃん、わたしはそんな」
「近田忠は何をするか分からん。個人でやっとるのか、会社を挙げてやっとるのか、もはや狂気の沙汰じゃ」
「分かった。後は僕1人でやる」
「大志、そうしてくれるか」
「そんな!」
思わず志成が声を上げる。それから、悲しそうな目で語り出した。
「わたしは大志と会うまでは生ける屍でした。学校に居てもただ耐えてるだけ。ほんとのこと言うとね」
声が震えてる。
「死ぬつもりだったんだ。3年生になっても何も変わらなくて。学校も家も。もう、心が、すっ、とすることは一生無いんだろうな、って」
左目から、つー、と一筋涙が頬を伝う。
「大志がそこから救い出してくれた。わたしは大志のパートナーだっていうことが、今生きてる意味なんです」
「ごめん・・・志成、悪かった。一緒にやろう」
ばあちゃんも僕たち2人を見て感じ入ってるようだ。突然、ぽん、と膝を打つ。
「分かった。本当は頼りたくなかったんじゃが、やむを得ん。大志、お前、画を描けるか」
「画?」
「プランのことじゃ。橋渡しはしてやる。じゃが、そいつをどう使うかはお前が考えるんじゃ」
「そいつって?」
「双輪市長じゃ」




