私がお前を、殺す
当日、近田忠が帰ってくるまでの間、近田家で父親、母親、志成と僕の4人はお茶を飲み雑談をしながらリラックスして過ごした。この両親は真面目で良識ある人たちだということを改めて感じる。
「頭がいいというだけでは世の中の役には立てないんですねえ」
母親が自責の念も込めてしみじみ言う。
「そもそも”世の中の役に立つ”という意識そのものが不遜なのかもしれません」
父親も同調する。志成は時折うなずきながら両親の話を聞いている。なぜだか分からないけれども、志成のその姿がとてもいじらしく感じられ、つい言ってしまった。
「前にもお話しましたが、彼女はいじめられてました」
真剣に耳を傾ける両親。
「いじめられる、っていうのは受動的と捉えられます。心ない人は”勇気がない”とか、”無気力”とすら言います」
黙ってうなずく両親。
「でも、彼女がいじめられてなかったら、別の子がいじめられたかもしれません。そしたらその子は辛くて自殺すらしたかもしれません」
静寂の中、時計の音だけがチッ、チッ、と響く。
「誰かの身代わりとなって、人知れず人を救う彼女を、僕は尊敬しています」
インターフォンのメロディが鳴った。「ただいま」という割れた男の声がし、母親が玄関に向かう。
「息子にも今のお話、聞かせてやりたかったですね」
父親がつぶやくと、玄関の方で声が上がった。
「え!? え!? 何ですか!?」
僕と志成が慌てて向かう。
「あ!」
目出し帽を被った男が母親の首筋にナイフを当てている。母親は両手を挙げて無抵抗を示している。父親も出て来て、うっ、と息をのむ。
男は土足のまま上がってきた。
「手持ちの金だけでいい。出したらそのまま帰る」
”このタイミングで強盗? そんな訳、あるか!!”
僕と同じことを志成も思っているだろう。正直、男がどこまでのことをNatural Ageから指示されているのか、測りかねた。本当に脅すだけなのか、それともある程度の危害を加えるつもりなのか。後者だとしたら、受け身だけの無抵抗では危険だ。カマかけてみるか?
「あなた強盗じゃないでしょう」
僕が躊躇している間に志成が母親と男の方に静かに近づく。男は無言だ。
「あなた、”殺人犯”になる覚悟、ある?」
「やめろ、志成!」
僕の声に構わず、志成は相手を牽制しながら前に出る。
「お金を渡したらそのまま帰るっていう保証は?」
男はようやく声を出す。
「俺は強盗だ」
ぷっ、と吹き出す志成。
「本物は自分で強盗なんて言わないでしょ」
「お前の”ばあちゃん”、刺すぞ」
「はーん。何も事情聞かされてないみたいだね。その人とわたしは赤の他人」
動くに動けない。何かないか、と周囲を見渡すと、父親が階段下のスペースに手を伸ばして、フローリング用モップの柄をつかもうとしている。志成もどうやらそれに気付いているようだ。じりじりと時間稼ぎをするように男に近付く。父親がようやくモップの柄を手繰り寄せた。僕に渡すよう、父親に目で促す。その動作を男に見られてしまった!
「あ!?」
男は瞬時に標的を僕に移す。母親を突き飛ばしてナイフを構え、僕に突っ込んできた。
「大志!」
志成は自分の右手を伸ばして男の手を掴もうとし、2人の手元が交錯した。
「ああっ!!」
刺さったのか切ったのか分からないが、ナイフが志成の手に接触したのが見えた。僕は意識が志成の方へ行きそうになるのを無理やり抑え込み、男への攻撃に集中した。敏速にかつ慎重に、父親からモップを受け取り、その動作の流れのまま柄で突いた。柄の先は正確に男の鳩尾に命中した。
「ごえっ!」
一撃で男は悶絶した。だが、まだナイフは放さないので、もう一突き同じ所を突いた。ようやく男は崩れ落ち、ナイフを放す。
「母さん、ビニールひも!」
父親が母親に叫ぶ声を背後に、僕は柄を木刀のように持ち替え、うずくまる男のうなじ辺りを何度も打ち据えた。徐々にぐったりしてきているような気がするが、僕は止めるタイミングを見いだせない。
”志成がやられた”
という一事が、その時の僕にとって最重要項目だった。
「大志君、やめろ! 死んでしまうぞ!」
父親が身を挺して僕と男の空間に入り込み、ビニールひもで男の両手両足を縛りあげた。
僕は志成に駆け寄る。彼女はしゃがみこんで右手を押さえていた。
「見せて!」
志成の手を取る。傷は右手の甲だった。刺し傷ではなく、切り傷のようだ。出血がひどい。
「だいじょうぶ・・・」
絞り出すように志成は言うけれども、到底大丈夫な傷の深さではない。僕はワイシャツを脱ぎ、袖で志成の手首をぎゅっと縛り、止血を試みた。
「あなた、警察を!」
「馬鹿! その前に119番だ!」
父親が母親に怒鳴りつける。”警察”という言葉に反応したのか、「くそおっ!」と叫び、男がもがき始めた。
父親がナイフを拾い、男の眼の先にかざす。
「これ以上この2人に何かするつもりなら、私がお前を殺す」




