会議室での戦闘行為
翌日曜日のアポは朝イチだった。
「おー、安い安い。助かるよー」
県民会館会議室の賃料は2時間で3,500円。Natural Age 法人営業部長の嶋さんはAM9:30 直接この部屋に来ることになっている。
「迎えに行かなくていいんですか?」
僕は何気なく寺田さんに訊いてみた。
「セレモニーならね。ガチの仕事だったらお互い合理的なやり方が却ってマナーだから」
9:30ジャストにドアがノックされた。
現れたのは嶋さん1人。随行などいない。なるほど、合理的だ。
5人で名刺交換。寺田さんが僕と志成の分も用意してくれていた。
嶋さんはストライプのワイシャツにややカジュアルなパンツ。当方4人も失礼にならない程度のカジュアルないでたち。この業界の標準なのだろう。
志成が内線電話で1Fの喫茶店にコーヒーを注文した。
席に着き、座った角度で見ると、嶋さんがとても若い事に気付いた。ひょっとしたら向井さんや寺田さんと同じく20代後半ぐらいかもしれない。
「最初に申し上げておきます」
その嶋さんが切り出した。
「私共はAnti Bullyingに興味はあります。ですが、無いなら無いで構わないというのが私共のスタンスです」
「どういうことですか?」
向井さんがすかさず応じる。ネゴの現場では向井さんが嶋さんのカウンターパートだ。寺田さんは必要に応じて技術面のフォローを行う。
「Natural Ageのコンテンツは常に他社の先を走り続けねばなりません。社外によいコンテンツがあれば提携する、というのもオーソドックスな手法です」
「じゃあ、オーソドックスじゃない方は?」
「コンテンツそのものを消すことです」
いきなり交渉がヤマ場に突入したことが、素人の僕にだって分かる。数秒、5人とも沈黙した。向井さんが再開する。
「嶋さん。それも無理ですね。コンテンツはまあ有機体ですからネット上から抹消できるかもしれません。が、アイディアの源泉は私と寺田です。また次のコンテンツを生み出しますよ」
嶋さんは笑いもせずに答える。
「御社の事業継続そのものが困難になる、というパターンもあり得ます」
「法人を抹消するってことですか? どんな方法か知りませんが、仮にそうなっても日本では資本金ゼロでも法人設立できますからね。また別の会社を作りますよ」
嶋さんはまだ表情を変えない。声のトーンも変化なく続ける。
「個人としてのお2人が活動を続けられなくなる、というケースもありますよ」
ぞっ、とした。本当にこの男は世界トップ企業の部長なんだろうか?
「脅すんですか」
「失礼なことを言わないでいただきたい。私がいつ貴方を脅迫しました?」
「脅しと同じでしょう」
向井さんも冷静さを失わない。コーヒーを一口飲んで、更に切り返す。
「しかも現実味のある脅迫だ。あなた方のネットワークと資力、マンパワーがあれば、法の範囲で私たちを根こそぎマーケットから締め出すことも可能でしょう」
嶋さんが初めて笑う。
「”合法”、で済めばいいんですが」
「え?」
まずい、と僕は判断した。いくら合理的と言っても単身でアメリカから日本の地方都市に出張させるのはやはり異様だと疑ってかかるべきだった。いや、ある意味この危険な男を寄越すということは、”超合理的”な解決法かもしれない。僕は割り込んだ。
「嶋部長、あなたの発言は御社の方針を代表しておっしゃってるんですか?」
「え・・と。先代所長。そうです。もちろん決裁は組織として行いますが、交渉のおおまかな方針は私の言葉通りですよ」
「つまり、あらゆる方法でもって、Anti Bullyingという事業上の脅威を取り除くと」
「そうです」
嶋が歯を見せて笑う。
「やってみてください」
僕が言うと、嶋は隣に置いていたスーツケースにゆっくりと手を延ばす。ジッパーを開けた。向井さんと寺田さんはこの場面で嶋が何をしようとしているのか皆目見当がつかないようだ。じっと嶋がスーツケースに手を突っ込む様子を見ている。
嶋が何かを探り当てた。
「志成!」
僕の合図と同時に、向かいの席の志成がテーブル下に滑り込み、嶋の腕ごとスーツケースを蹴り飛ばす。
「う!」
嶋は僕の方に注意を向けていた。まさか女の志成がと思って油断していたのだろう。手に持っていたものを床に落とす。カランカラン、と音がする方へ僕はダッシュし、素早く拾い上げた。抵抗もせず声も発しない内に、取り合えず嶋の顔面に、ぷしゅ、と一吹き噴射した。
「げえっ!」
嶋は顔を両手でかきむしり、涙をぼろぼろこぼす。
「ハバネロか・・・」
防犯スプレーには毒々しい色のロゴが印字され、いかにも効きそうだった。嶋の悲鳴を聞いて隣の会議室から誰か出て来たようだが、志成がひょいっと顔を出し、
「すみません、窓開けてたら蜂が入って来て。もう大丈夫です」
と、追い返した。向井さんと寺田さんは、え?え? という感じで僕らの立ち回りを見ていた。僕はもう一吹きするぞ、と嶋を脅して座らせた。バッグから針金とペンチを取り出し、志成と2人で嶋を椅子に固定した。
”備えあれば憂いなし”
それが今朝ばあちゃんが聞いたお告げだった。一言も違わずその通りとなった。
僕は尋問を始める。
「あなたは何をするつもりだったんですか?」
「おい! いいんですか? 暴行に監禁ですよこれは!」
「やかましい。質問に答えろ。正確に、だ。嘘をついたら僕には分かる」
「馬鹿いえ」
「じゃあどうしてあんたがスプレー持ってることを僕が分かったと思う? 針金やペンチ持って来てることの説明がつくか?」
「・・・」
嶋は”事実”を認められない程馬鹿ではないようだ。
「あんたら4人の”個人情報”を押さえるようい指示された。できればスマホに入ってる第三者のアドレスなんかも」
「それを使って僕たちを”社会的に抹殺”して、身動きできないようにするつもりだったのか」
「ああ。個人情報さえあれば、どんな”ストーリー”だってでっち上げられる」
「あんた本当に部長か?」
「本当だ。ただし、法人事業部は私1人だけの部署だがな」
「ん?」
「こういう”雑事”担当ってことだよ。もっともその”雑事”の社内貢献度は高いがな」
「そんなにべらべら喋っていいの?」
「喋ろと言ったのはお前だろうが!」
あ、そっか、ととぼける僕に志成が苦笑いしてる。
「じゃあついでに、CEOのアドレス教えて」
「知らない」
「・・・まあ親でさえ知らないんだから、本当だろうね。じゃあ、CEOにアポ取って」
「それは・・・」
「立場は逆転したんだから。あんたの名刺と写真をネットに流す。それこそどんな”ストーリー”だって作れる。まあ、”事実”そのものにみんな喰い付くだろうけど」
「・・・分かった。アポ取れたらどうやって連絡すればいい?」
「この番号に電話するように伝えろ」
僕は近田忠の父親の携帯電話の番号を渡した。
「これ、あんたの携帯か?」
「CEOが見たら分かる」
僕はもう1つ告げる。
「アメリカへの帰国、今日の便に変更しろ」
「え? 今から?」
「そうだ。こんな危険人物、即刻強制送還だ」
「無茶苦茶だ・・・」
「やかましい。あんたの会社自身が無茶苦茶だろうが。今、目の前でやれ」
針金を外してやりスマホで変更の作業をさせてやった。今日の夕方の便に変更した。
「僕も羽田まで行く」
「勘弁してくれ。ちゃんとこの便に乗るから」
「信用できない。志成、悪いけどばあちゃんに言っといて。多分帰りは最終の新幹線になると思う」
「分かった」
僕は最後の質問を嶋にする。
「スプレー1本で4人相手にするつもりだったのか」
「・・・私は元自衛官だ。訓練されてるからな。素人相手なら十分だ」
「でも、彼女にやられた」
「お前ら、本当は何なんだ」
「一応、学生」




