この子は私が守る
ご両親の横に5組の担任の黒田先生、それと樹が立っている。みんなに会釈し、ベッドに横たわる田中さんを見下ろした。点滴の管がエアコンの風で揺れている。眠っているようだ。頭にはガーゼが当てられネットがかぶせられている。両親は険しい顔で娘の脇に立っている。
黒田先生が状況を説明してくれた。
「奇跡的に落ち方がよかったらしい。背中全面で植込みの上に落ちたから衝撃が分散された。頭の切り傷以外は外傷もほとんどない。ただ、精神的なショックがひどいようで、安定剤で眠っている」
とりあえずはほっとする。だが、ぼくは当然のように質問した。
「どうしてこんなことに・・・」
「広田だよ」
言い澱む黒田先生の代わりに樹がすぱっと答える。
「5組の奴から教えてもらったんだ。学祭の後、休み時間の度に広田たちが田中さんを取り囲んでねちねちやってるって。田中さんは黙って耐えてるって」
樹はちらっと黒田先生に視線を遣ってから続けた。
「俺が5組に行って、やめろ、って言ったら、広田は田中さんにこう言って笑ったんだ。”先代はリバに取られちゃったから、こいつに乗り換えたら?”。田中さんはそのままうつむいて泣き出した。男のクズだと言われるかもしれないけど、俺は拳で広田を殴った」
樹の黒田先生を見る目が急速に冷えていく。
「俺は3日間停学だよ。明けて今朝、学校に来たら田中さんが飛び降りた。なあ、黒田さん、あんたら3日間何してたんだ?」
一瞬、声を顰め、
「クソが!」
と、樹は怒りをぶちまけるように吠えた。まだ、続ける。
「お前ら、広田がこのまま普通に受験勉強続けて、間違って東大にでも受かりやがったら絶対許さんからな!」
僕は樹の肩に手を置く。
「すまん。樹、ありがとう」
そして黒田先生に、頭を上げてください、と言った。ようやく僕の目を見た黒田先生にできるだけ穏やかに語り掛けた。
「先生。田中さん本人やご両親のご意向を聞いた上での話ですが・・・もし学校がこのことについて何もしなければ、僕は学校を告発します」
黒田先生の顔は青ざめたままだ。
「僕はどうせ休学中です。もし告発することによって退学になるならそれでも構いません」
黒田先生と樹は警察の事情聴取のために学校へ戻って行った。とりあえずばあちゃんと志成に連絡を入れる。ばあちゃんは、
「分かった。大変じゃったの。田中さんにできる限りのことをしてあげろ」
と言ってくれた。志成は、
「そう・・・」
と言ったまま、何秒も沈黙した。僕はじっと待ち、長い空白の後、志成はこう続けた。
「田中さんが目を覚ましたら、”ごめんなさい”って伝えて」
僕は夜まで田中さんに付き添い、面会終了時刻となった。
「先代君、そろそろ」
田中さんのお父さんに促され、僕は、
「また明日来ます」
と言った。
「先代君。気を悪くしないでくれ。もう、来ないでほしい」
黙って彼を見つめる。
「君や樹君は娘の友達で味方だと分かる。だが、もう学校の人には病院に来てもらいたくない。先生方にも」
「はい・・・」
「この子は私が守る」
何も言えなかった。失礼します、と言って病院を出た。




