リバの名付け親
クラス展示も模擬店も全部素通りして実行委員本部に向かった。隠れるようにして戸を開ける。
「お?」
「あ、大志くんだ」
ああ。懐かしい。この感じ、久し振りだ。
「おー、大志ー。来たかー」
「樹、メールありがとな」
「樹くん、こんにちは」
「加ノ上さん、元気だった? 私服姿、初めて見たけど、イケてるねー」
志成は細身の黒のデニムにクリーム色のバスケットシューズ。上はブルーストライプのワイシャツとクリーム色のニットのカーディガン。珍しくピンで前髪を分けている。
「田中さんは?」
「ああ。5組に行ってる。午後いっぱい喫茶店のウエートレスだって」
「5組か・・・」
「もし何だったら大志だけでも行く? 加ノ上さん、お茶とお菓子とかあるから、ここで待っててもいいよ?」
「ううん。わたしも行く」
樹もついて来る、と言ったけれども、断った。わざわざあいつに負担をかける訳にはいかない。ただでさえ色々と無理してくれてるのに。
志成と2人で何食わぬ顔をし、客として5組の教室に入った。ぱっ、と田中さんが目に入ってたので軽く会釈し、席に座る。すぐさま彼女自らがオーダーを取に来てくれた。
「田中さん、今日は招待してくれてありがとう」
2人してお礼を言う。
「大志くん、加ノ上さん、元気だった? 来てくれてすごく嬉しいよ」
田中さんの目がやや潤んでいる。多分4月以来、僕の知らないことがいっぱいあったんだろう。
「お客さん、少ないね」
「うん。ちょっと早いけど、大志くんたちでラストオーダーだから。もう閉店の準備始めてたところ」
「そっか。ぎりぎりラッキー」
「何にする?」
「じゃあ、ホットコーヒー」
「わたしも」
”ホット2つでーす”
”はーい”
田中さんが行くと背後に気配を感じた。振り向くと、広田沙耶と他に3人立っていた。広田沙耶が直接やり取りを始める。
「リバ。何しに来た」
「コーヒー飲みに」
「お金要らないから、帰れよ」
志成は首を振る。
「じゃあ、先代? だっけ? リバ連れて出てって」
志成が、たっ、と立ち上がって広田の前に進む。何する気だ?
「広田さん」
「あ?」
「わたしに会いたくないなら、あなたがいなくなればいい」
「何?」
田中さんがコーヒーを持ってきた。
「広田さん、やめなよ。他のお客さんもいるんだから。加ノ上さん、座って。コーヒー飲んで」
「田中、お前も本格的にいじめてやろうか」
「どうぞ、やりたきゃやって。どうせ大学はバラバラなんだから」
「受験どころじゃなくしてやろうか」
「・・・・」
「広田さん」
志成がもう一歩前に出る。さっきまでのうつむいていた彼女とは別人の顔だ。懐刀を自分の喉に突き付けた、あの目だ。
「あなたがいなくなればいい・・・」
「はあ?」
「それで、収束する」
「ふざけんな!」
広田の声が荒れる。
「リバのくせに!」
志成が笑う。
「そうだよ、リバだよ。あなたが名づけ親の、リバだよ」
「こいつ、おかしいのか?」
広田は仲間に同調の笑いを求めるが、誰も笑わない。
「広田さん。あなたってほんとに空気読めない人だね。笑っていい時と駄目なときも分かんないんだ」
「お前も笑ってるじゃないか」
「だって、わたしには笑う資格があるもん。あなたには笑う資格も権利もない」
志成は更に顔を近づける。
「分かるよね?」
広田が無言になった。
「わたし、あなたをいなくする具体的な方法をこの8カ月間に学んだ。それを実行することも覚えたし、他の人たちに何回かやった。あれ、笑わないの?」
「早く、帰ってよ・・・」
「ううん。もうちょっと待ってね。あと1つだけ。わたし、大志くんと結婚するから」
「!」
田中さんの表情が変わった。
「今、大志くんと2人でやってることが終わったら、ほんとに結婚するから。あれ、広田さん? キモいとか言って笑わないの? ねえ、笑いなよ? あの頃みたいにさあ・・・」
「やめて」
そう言ったのは田中さんだった。
「加ノ上さん、もうやめてあげて。広田さんはもう、今までみたいなこと、多分しないよ。だから、広田さんを許してあげて」
志成がすっ、と半歩引く。
「田中さん、ありがとう、今までずっと。わたし、田中さんのこと、好きだよ」
一瞬、志成の笑顔が優しくなる。でも、次の瞬間、すぐにまた薄い冷たい笑いに戻る。
「でもわたしは広田さんのことは許せない。いつか8カ月間であの人たちにしたのと同じことをして、あなたを ”いられなく” してあげる」
”沙耶、謝りなよ” とおびえた仲間が小声で促す。
「ごめ・・んなさい・・・」
志成が突然真顔に戻る。
「嫌。やめない。もう、遅い」
そう言って教室の出口へ早歩きして行った。
「田中さん、ありがとう。また連絡するよ」
田中さんは顔を両手で覆い、声を抑えて泣いている。僕の声に首だけうん、うん、と頷いている。廊下に出ると樹が来ていた。
「どうしたんだよ、大志、加ノ上さん? 大志、お前ら一体誰を相手に、何やってんだよ?」
「言えない。全部終わったら必ず話すから。またな」
早口で樹に別れを告げ、志成の後を追う。ものすごいスピードで志成はもう校門の外に出ていた。
「どうしたんだよ、志成! 志成!」
くるっと志成が振り返る。ぐしゃぐしゃに泣いていた。
「だって・・・あんな程度の人のためにずっと ”リバ” でい続けたなんて・・・馬鹿らしくて、笑えた」
えっ、えっ、としゃくり上げてる。子供の泣き顔だ。
「でも、脅しすぎだよ、志成」
「ううん、まだ足りなかったかも。気がおかしくなるくらいにしとかないと、広田さんは絶対田中さんをいたぶる」
「志成・・・」
「もし田中さんをいたぶったら、広田さんをほんとに”消す”。いままで敵にしてたみたいに」
「分かった。分かったよ・・・」
どうしてやればいいか分からない。自然に志成を両手でそっと抱き締めていた。
志成は僕の胸に顔を当てて泣き続けた。
「みんなには何人もいるかもしれない。でも、わたしには大志しかいない。大志だけなんだよ・・・」
泣き止むまで、彼女の背中をさすり続けてあげた。




