ピース
”近田”という苗字はこの市には15軒。タウンページの情報だけれども。1次情報が肝心だ、ということは、ひいばあちゃんの例を見ても分かる。当然1番正しいのは本物の仏様であるひいばあちゃんなのに、弟子を騙る輩共が人生の教訓めいたことをでっち上げて金儲けしてた。フィルターを通すと、近田忠という男の本質が見えなくなる。ただ、シリコンバレー在住で、直接コンタクトできない。ならば、彼の生まれをたどり、親元に当たろう、ということだ。
志成と僕とで手分けして回る。自転車で乗りつけると、ほとんどが古い一軒家だった。
「こんにちはー」
インターフォンを押した後、声を掛けると、年老いた女性の返事が返ってくる。
『どなたですか?』
「すみません、こちらに近田忠さんておられますか?」
『うちは私1人ですよ』
「アメリカに息子さんとかおられませんか?」
『私は子持たずで、主人にも早く死に別れて。天涯孤独ですわ』
「すみません、失礼しました」
立ち去ろうとすると、インターフォン越しにお念仏を称えるのが聞こえた。
「まあ、お年寄りの1人暮らしはこういう感じなんだな」
15分ほど自転車で移動する。2軒目だ。
インターフォンを押す。
『どなた?』
「すみません、近田忠さんのことをお聞きしたくて」
『だから、あんた誰』
「・・・近田忠さんの知り合いです」
『何? お前、オレオレ詐欺だろ? 忠なんて者はうちにおらん』
「そうですか、失礼しました」
『ちょっと待て。警察呼ぶから。あ、もしもし?』
うわ、本当に電話してる。早く帰ろ。
ガシャン、と自転車のスタンドを上げる。
『あ、待て!』
という声がインターフォンから聞こえてきた。当然、待たずに逃げる。
「あ、バイト、早く行かなきゃ」
もうバイトの時間だ。自転車を飛ばしてぎりぎり間に合った。
「おー、大志くん、待ってたよ」
「谷さん、すみません。遅くなって」
「いや、時間ぴったり。オールセーフだよ」
谷さんは75歳。バリバリの後期高齢者だ。大手運輸会社のOB。その運送会社が起こした不祥事をきっかけに、OBも厚生年金を返納すべきだという再建案が通り、年金額が4割カットとなった。自活できなくなり、コンビニのバイトを始めた。
「えーと。明後日はシフトが同じだね」
「はい。よろしくお願いします」
「じゃあ」
「お疲れ様でした!」
交代して店の陳列を一通りチェックする。お客さんが入って来た。おじいさんだ。
「いらっしゃいませ」
「すんません、缶ピースあります?」
「え? カンピース?」
「タバコだよ、タバコ」
「ああ、ピースですね。こちらになります」
僕はボックス入りのピースを手に取って見せる。
「違うよ。それ、長いやつじゃないか。こう、丸い缶に入った、ショートピースですよ。両切りの」
「缶・・・ですか? すみません。そういうタバコはここには置いてないです」
「えー? まったく、タジマ商店がありゃ、こんな不便しなかったのに」
「タジマ商店?」
「その角にあったタバコ屋だよ。あんたんとこのコンビニができたせいで潰れたんだ。えらい迷惑だよ」
「申し訳ありません」
「いーよ。どっか他の店探すから。まったく、足の悪い年寄りにどこまでタバコ買いに行かせるんだ、この国は・・・」
おじいさんは足をひきずり歩いて行った。
後でオーナーに訊くと、缶ピースとはフィルターの無い両切りタバコで、丸い缶に60本入りのタバコだという。今でも吸ってる人がいるんだなあ、と懐かしそうだった。
因みに、オーナー夫婦は2人共80代。Over Aged 後期高齢者だ。バイトがシフトに穴を開けると深夜勤務もこなす。申し訳ないので、僕はなかなかバイトを休めない。




