あと1人だね
「あと1人だね」
最近の志成の口癖だ。ばあちゃんも目を細める。
「2人ともようここまで来たの。しかもまだ10月の終わりじゃ。えらいハイペースじゃ」
「ばあちゃん。最後の1人はまだお告げがないの?」
「漠然としたイメージは感じるんじゃが・・・」
「え、どんな!?」
僕は思わずテーブルに身を乗り出す。
「不思議なことに、何人もの顔が次から次に浮かんでくるんじゃ」
「何人も、ですか?」
「うん。志成ちゃん。謎解きできんかの。私は血行が悪くて知恵がめぐらんのじゃ」
「実は5人で終わりじゃないとか」
「違う。神仏は間違いは言われぬ。5人と言ったら5人なんじゃ」
僕の思い付きは却下された。
「あの、それこそなぞなぞみたいなこじつけなんですけど」
「ん? 志成ちゃん、言ってみてくれ」
「法人、とか」
「法人?」
「はい。たとえば株式会社って、”法人”で、法人格っていう1個の人格として法律上は扱われますよね。それが5人目なんじゃないですか」
「なるほど、法人のう・・・」
「もしそうだとしたら、社員全員が敵ってこと?」
「うん・・・多分」
「その線でもう一度伺ってみる」
ばあちゃんは仏間へ息せき切って歩いて行った。
「長いね」
「うん、長い。きっと戦いも佳境に入ったってことだと思うよ」
30分ほど経ってようやく戻って来た。汗をかき、肩で息をしている。
「ばあちゃん、大丈夫?」
「おばあちゃん、お茶を」
志成の出した湯呑を一気に飲み干した。僕と志成はばあちゃんの回答を待つ。
「ゲームなんかを作っとる一番でかい企業はどこじゃ?」
「え? 県内にゲーム会社なんて無かったと思うけど」
「県じゃない」
「なら、国内?」
「それも違う」
「じゃあ・・・世界?」
「そうじゃ」
「ええ!?」
僕は声に出すぐらいびっくりした。けれども志成はそんな素振りもなく、ばあちゃんの質問に淡々と答える。
「ゲーム会社、っていう括りがすごく広いですけど。オンラインゲームに限って言えば、”Natural Age Co.”っていうアメリカ企業が一番大きいと思います」
「日本語に訳すと何て言うんじゃ」
「え、と。直訳だと、”自然世代”、ですかね」
「それじゃ。間違いない。ナチュラルなんとかが5人目じゃ」
「でも敵はこの市に集まってるんだよね。何でアメリカの会社が関係あるんだ・・・」
知りたいことは志成のスマホであっさり検索できた。
「”Natural Age Co.”設立は10年前」
「たった10年で世界一か」
「なんの。諸行無常。朝顔の露みたいな儚さよ」
「社員は全世界で8千人」
「意外と少ないね」
「毎年新たなRPGを開発してすべてヒット。全世界に10億人単位のユーザーを抱える。あ、創業者で現CEOがこの市出身の日本人ですね。”近田 忠、32歳」
「ほう。よく分からんが2人はそのアールピージーをしたことあるのか?」
「僕はない」
「わたしもないです」
「流行っとるじゃろ?」
「わたしはゲームとか元々苦手で・・・」
志成は確かにそんな気がする。
「大志は何でやらんのじゃ?」
「何で、って・・・寿命を削るような気がして」
「どういう意味じゃ?」
「いや、ゲームの中のことって自分の人生じゃないような気がするから。何か自分の人生の時間を放棄したような・・・」
「じゃが、小説やら映画やら、およそ趣味と言われるものは皆そうじゃろ」
「うーん・・なんて言えば伝わるかな」
「リアル過ぎるからでしょ」
志成の一言に、はっ、とする。
「たとえば恋愛映画なら主人公たちに共感して空想なり妄想するにしても自分の心と頭でその映像や音楽を再現しなきゃいけない。でも主人公の顔そのものや表情も完璧になんて無理。曖昧にしか再現できない。つまり、幅があるよね」
「そ、そう」
「ゲームだと色んなカスタマイズはあるんだろうけど、結局は提示されたものがそのまんま目の前にあるだけ。主人公の女の子の顔を思い出す必要もない。見たくなったら、ぱっ、とスマホ出してゲームを起動すればいいんだから。でも、心からの満足も得られない。妄想すらする余地が無いから・・・あ、すみません、こんなにしゃべっちゃって」
「いやいや、一理ある。志成ちゃん、続けて」
「はい・・・それで、新しいキャラのRPGがでたら、”あ、こっちの方が理想に近い”、ってそっちをやるんでしょ。きりがないし、浮気みたい」
「うーん、そう言えばそうかな・・・」
「そうだよ。たとえば大志がわたしの顔を見る時、見たまんまだけで判断しないと思うよ」
「え?」
「わたしの性格とか、生い立ちとか、これまで一緒に戦ってきた思い出とか。そういうものを全部付け足してわたしの顔を見るでしょ。わたしがおばあちゃんになったら、”ああ、若いときは肌もつやつやしてたのに”、とか」
「はっはっは」
ばあちゃんが大笑いする。
「志成ちゃん、確かにそうじゃ。私の若い頃の写真でもあれば2人の見る目も違ってくるかの」
「すみません、そんなつもりじゃ・・・」
「いいんじゃ。つまり、志成ちゃんはゲームにはそういう ”幅” とか、”バックボーン” みたいなものが無いと言いたいんじゃな?」
「ばあちゃん、バックボーンの意味知ってる?」
「うるさい。志成ちゃん、もう少し続けてくれんかの?」
「はい。わたしは大志の顔はすごくいい顔だと思います」
どきっ、とする。
「それは4月から半年以上2人で苦楽を共にしてきたリアルな時間の積み重ねがあって、それも含めて、”いい顔だ” って思えるんです。単に造形だけの話じゃありません」
ありがと、志成。
「もしゲームの中でそれを求めようとしたら、半年、ううん、半年の秒数をそっくりそのままプレイしても足りないと思います。匂いも体温もないですし」
志成をおぶった質感が蘇る。
「10年分の人生をゲームの中でリアルに過ごす。今は本当にそういう人が出てるんじゃないですか? 現実逃避は絶対人間に必要ですけど、虚構とリアルをすり替えてしまったらなんだか悲しい。10年ゲームの中で生きてそれをクリアしたところで、むなしいというか寂しいと思います」
「なるほどのう」
ばあちゃんは深いため息をつく。
「しかも、やっとる本人は、”制約条件” を忘れとるからのう」
「制約条件?」
「志成ちゃんは分かるじゃろう。本人がゲームの中で生きとる間に周囲の人間の人生は進んでいく。たとえば、親。働かぬ息子を養い、自分は老いて病となり朽ち果てていく。子供はもっと悲惨じゃ。本当の人生に戻ろうとした時には取り返しのつかん年月が過ぎておる。”人生僅か五十年” という制約条件を親も教えず、子も知って知らぬ顔。これを悪因縁と言わずして何と言う」




