第102話 サンサンクド? なにそれ?
「遅いな・・・」
志成がなかなか来ない。
朝食用のレストラン。ビジネスホテルだけれども、宿泊料プラス5百円でバイキング形式の朝食がつく。ただし、パンはトーストとバターロールのみ。おかずも、目玉焼き、スクランブルエッグ、ゆで卵、と玉子のオンパレード。ベーコンやソーセージもない。トーストに目玉焼きを乗せ、バターロールの真ん中に自分で裂け目を入れてスクランブルエッグを挟み、ゆで卵をナイフで輪切りにし、キャベツの千切りに混ぜた。先に食べながら待つことにする。
ふ、とTシャツの背中を引っ張られた。振り返ると志成がうつむいて立っていた。前髪に隠れて表情が見えない。
「おはよう」
「・・・おはよう」
こちらから声を掛けると、聞こえない程の小声で返事が返って来た。テーブルソルトをトマトジュースに振りかける。いただきます、と手を合わせ、味噌汁をすすった。
「あの・・・大志」
「ん? 何?」
「夕べはありがとう・・・助けてくれて」
「ああ・・・こっちこそごめんね。嫌な思いさせて」
「・・・正直言ってあまり覚えてなくて。頭がぼうっとして眠くて。その・・・わたし、種田先生にほんとに何もされてない?」
「うん。大丈夫。死ぬ気で止めた」
「絶対?」
「うん、絶対」
「よかった・・・それともう1つ」
「うん?」
「わたし、大志に変な事したりしてない?」
「変と言うか・・・まあ、志成がほんとにお酒駄目なんだっていうのは分かった」
「おんぶしてくれたんだよね?」
「うん」
「そっか」
何だかよく分からないけれど、志成はにこにこし出した。
ちょっと意地悪してみようかな。
「変な事はしなかったけど、何か言ってたよ」
「え、何?」
「いや、三三九度がどうしたとか」
「サンサンクド? なにそれ?」
何だ、覚えてないんだ。ちょっと残念。
「いいよ。僕もなんだかよく分からないし。でも何だか後味悪いなあ」
「え?」
「だって、すべてのことが悪ふざけみたいだもん。針金で縛るなんて、まるでマンガだよ」
「おばあちゃんのお告げ通り、持って来てよかったね」
「奥さんとは離婚するよね、きっと。子供とかいたらちょっとかわいそうかな」
「・・・わたしは別にかわいそうって思わない。だって、不倫してた訳でしょ。野崎さんと」
「まあ、そうだね」
「わたしはそんなの嫌。卑怯」
「卑怯?」
「だって、結婚だって制約条件だもん。それを無視するなら最初から結婚しなければいい」
「あ、そういう論理か」
「大志は浮気とかしないよね?」
「浮気も何も・・・そもそも本命の相手がいないでしょ」
「いる、でしょ」
「えっ?」
「わたしが」
「・・・・・」
志成は視線を反らさない。僕はその目に吸い込まれて逸らせない。
「前に大志のこと好きって言ったよね。覚えてる?」
「・・・うん。プールに行った帰り」
雨の降り出す中で。
「本気だったよ。ただ、今はこの戦いをやり遂げなきゃいけないから返事はまだ要らないし、大志のことを束縛するつもりもなかった。でも、夕べ、考えが変わった」
彼女が膝の上にきちんと手を揃えた。
「大志。結婚するまで女の人とそういうことしないで」
「え?」
「わたしの、”告白” への返事はまだいいから。でもわたしの我儘なお願い、聞いて」
ようやく志成は視線を外し、目を伏せる。
「もし大志が他の女の人とそういう風になったら、わたし耐えられない」
僕の方まで切なくなる。でも、相手が志成だろうと誰だろうと、僕の考えは変わらない。
「分かった。そんなことしない。結婚相手としかしない」
「ありがと・・・」
志成、本当は怖かったんだな。




