第100話 志成の危機
僕と志成、それから種田と野崎さんの4人はマンションの一室にいた。
種田が書庫兼仕事場として借りている部屋だという。志成は種田に促され、ふらつく足取りでソファに深々と座り込む。僕の方は野崎さんに支えられて執務机の椅子に座る。
軽い頭痛がして、体がふらふらする。
「もうちょっとかかるかな?」
種田はまず僕の顔を覗き込む。それからソファの方へ歩いて行き、志成の顔色を見てから、ソファの隣にどすっと腰を下ろした。”人のメンツ潰しやがって”と、ぶつぶつ言ってる。僕の方に顔を向けた。
「薬がまわるまでの暇つぶしに講義するよ。私にはサイドビジネスがあってね。高所得者の方々に薬を売ってる。一応、薬そのものは合法薬でね」
ふらふらするので黙って聞く。
「薬単体の効能を求めるのはアマチュアだよ。私は薬物のプロだからね。”飲み合わせ” で効果が得られるようなものを使う。しかも、薬そのものすら売らない」
「・・・じゃあ、何を売るんだ」
「飲み合わせの ”マニュアル” を売る。やんごとなき人たちは、クスリはやってみたいけど法には触れたくないって都合のいいこと言うからね。薬と薬の飲み合わせとか、あと、食品でも食べ合わせでコカインと同じ作用が得られるといった、”専門知識”を売ってあげる」
「脱法ハーブと同じか・・・」
「ふっ。一緒にするなよ。もっと高尚な哲学的なレベルさ。一番高く売れてるのは ”安楽死マニュアル” だからな」
「・・・」
「もっとも、本人より家族からの依頼がほとんどだけどね。親が認知症で知性が失せていくのが見るに堪えないんだろ。東大出たってボケるからな」
「人殺しじゃないか」
「変なこと言うなよ。私は学者としての高度な専門知識をレクチャーして対価を得ただけだ。それを行動に移すかどうかは、預かり知らん」
野崎さんは僕の隣の椅子でウイスキーのロックを何杯も飲み続けている。
「研究は金儲けか」
「違う。私は将来安楽死のための真に人道的な薬の使用法をシステムとして作り上げ、日本の高齢者問題を一気に解決したいんだ。更に、世界の人口増加問題も安楽死で救い、ノーベル賞を獲ることが夢だ」
「気違いか」
「あのな、さっきお前らが飲んだ薬な。アルコールと一緒に摂取すると強力な媚薬効果を出すんだ。単体だと単なる滋養強壮だけどな」
「ウーロン茶しか飲んでない」
種田はにやにやする。
「お前と彼女の分は、店に頼んで少しだけ焼酎を入れてもらった。気が付かないぐらい薄いやつな」
「ちっ」
実は極薄のウーロンハイだったってことか。あれ? でも。
「野崎さんも薬とお酒飲んでたけど」
「私はね、”する”時はいつもお酒とあの薬飲むの。その方が気持ちいいから。先代君もやりたくなっていたでしょ?」
野崎さんが顔を近づけて来る。
「やめろ!」
押しのけるが、しつこい。またすぐくっついて来る。
そう言えばさっきから志成が一声も発していない。ソファの方を見ると種田が志成をゆっくりと押し倒していくところだった。志成は抵抗もせず、目を閉じてされるがままになっている。
「志成! しっかりしろ!」
まずいまずいまずい!僕は左手で執務机の上をまさぐった。グラスを掴み、種田に投げつける。
「痛っ!」
種田の頬骨の辺りに当たった。
「どいて!」
野崎さんを払いのけ、ふらつく足を強引に動かして種田にのしかかる。グラスの当たった所を痛がっている種田を体重だけでなんとか抑え込む。
「志成!」
反応しない。種田は足をぐっと僕の腹に押し当ててひっくり返そうとする。
「志成! 志成!」
だめか。じゃあ、これならどうだ。
「リバ!」
びくっ、と電撃を受けたように志成が反応する。
「僕のデイパックから針金とペンチ出して!」
リバというたった一語で志成は夢遊病者のように立ち上がり、僕のデイパックを拾った。ととっ、とよろめいている。
「早く!」
志成がなんとか僕の傍まで来て、一巻きの針金と取り出し、さらにごそごそやってペンチを出した。
「志成、ペンチ貸して!」
僕はひったくるように受け取り、ズボンの上から種田の股間をペンチで軽く挟む。種田が薄い笑いで呟く。
「できる訳ない・・・」
「この間、木刀で人を殴った」
そう言ってようやく本気だと分かったのか、種田はおとなしくなった。志成は打合せ通り、種田の両足を針金で巻き付ける。一旦志成にペンチを渡すと、時間はかかったがなんとか針金をねじって足を完全に固定し、ペンチの切断刃で適当な長さにぽちっと切った。
「次は手をお願い」
志成はなんとかかんとか、ソファの手すりに種田の両手を針金で固定した。
「お前ら、何なんだ。何でペンチなんか持ってるんだ」
「そんなこと、先生に応える必要ない」
僕は種田の懐に手を突っ込んでスマートフォンを取り出す。
「暗証番号は?」
訊いても黙っているので、もう一度ペンチをかざしたら素直にしゃべった。
僕は無言でメールを打つ。
送信・・・と。
「何したんだ?」
「”急に体調が悪くなった”ってメールした。もうすぐ奥さんが助けに来ますよ」
「バ、バカ!」
「警察呼ぶよりマシでしょ」
くそっ、と毒づくが、志成が丁寧に固定した針金の一つ一つがとても間抜けに見える。
「媚薬が効かないのか?」
「あんなもん、飲む訳ないだろ。僕も志成も枝豆の皮に包んで捨てたんだよ」
「でも、2人とも体がふらついてるじゃないか」
「お酒飲んだの、初めてなんだよ!」
逃げる準備をしていると、野崎さんが呆然と立っているのに気付いた。眼がうつろだから薬は聴いてるんだろうけど、”そういう”気持ちは吹き飛んでしまってるようだ。
「私、どうすれば・・・」
面倒くさいけど、一応対応してあげる。
「逃げたら? 助けたいんなら止めないけど、もうじ奥さんここに着くよ? 野崎さんが居ようが居まいが、この先生、もう終わってるから」
しばらく、間があった。
けれども野崎さんは、”ごめんね”、と種田に呟いて部屋を出て行った。
さて、大きな荷物が残っている。
志成は、ふにゃー、という感じて床にうつ伏せにべたっと張り付いてる。
「志成、大丈夫?」
「大志、わたしもうだめ。おんぶして」
何だかまだ様子がヘンなままだ。でも、そうするしかないか。無理矢理志成を抱え起こし、よいしょ、っと背負おうとするけど、完全に脱力してて僕にまったく協力しない。
「志成、しっかりしてよ」
「あー、気持ちいー」
「僕どころじゃない。とんでもない酒の弱さだな」




