始の章-9
電車の時間になって帰ったアオハを見送り、ルカは一人コンビニのイートインで宿題を広げていた。
七時を回ったが、迎えはまだ来ない。双見夫妻は共働きで、二人共帰りは悠に七時を過ぎる。それはルカも了承済だった。
話し相手もいなく、ぼーっとしていると虚しくなってきそうなので、かりかりと算数の問題を解いていく。
そこへ。
「ヤッホー、みどりーん! 可愛い可愛いミズキが帰国だぞ〜!!」
騒々しくコンビニに入店したのはポニーテールの女子高生。手足は長く、プロポーションも抜群。アイドルグループにいそうな人物である。
その少女を見て、レジにいたやしまが苦笑する。
「おかえり、ミズキ。でも、店で騒ぐのは迷惑だよ」
「みどりんは一年越しの幼なじみとの再会は嬉しくないのかい?」
「嬉しいけど、バイト中なんだって」
困り果てるやしまとすり寄るミズキにルカが声をかける。
「ええと、その人は?」
「ああ、ルカちゃん。紹介するよ。氏元市の進学校に通う僕のお隣さん。朝原瑞城。去年から交換留学に行っていて、アメリカでホームステイしていたんだ。多分、帰ってきたばっかり」
「多分じゃなくて帰ってきたばっかりなの!」
ぽんぽんと頭を撫でながら紹介するやしまと彼を小突くミズキのツーショットはなかなかお似合いである。
話に出た氏元市というのは比灘町に隣接する市で、やしまの通う大学がある。やしまは比灘町のアパートから氏元市の学校に通っており、学費を溜めるため、駅に近いこのコンビニでバイトをしているとルカは以前聞いていた。
「はじめまして。双見縷霞です」
「はじめまして〜。可愛い子ね♪ん、ランドセル……はっ、みどりん、会わないうちにロリコンになったの!?」
「違うって。コンビニの常連さん。そういえば今日、シランくんは?」
その問いに夕方の一見を思い出し、ルカは顔を曇らせる。
「シランは、ちょっと怪我で……」
「そっか。早くよくなるといいね」
爽やかな笑みで返され、ルカの気分はなんだかぱっと明るくなった。
「ルカちゃん? もうボーイフレンドがいるの? やり手ね」
「いや、そういうわけじゃ」
「とりあえず、みどりんはあたしのだかんね!」
「は、はい」
やしまが「小学生相手に何言ってるの。どいたどいた」とミズキをのける。ミズキはむくれるが、客が並んでいたのだ。仕方ない。
ルカがイートインスペースに戻ると、ミズキもついてきた。
「宿題やってるの?」
「はい」
「真面目だねぇ。お姉さんが見てあげよっか」
「お願いします」
姉妹のいないルカにとっては"お姉さん"という響きは甘美だった。孤児であるルカは、シランやシオンといった仲のいい子どもが周りにいたけれども、二人共男の子だし、シオンは年下だ。"虹の瀬孤児院"には中学生以上の子どもはなかなかおらず、先日までルカはすっかりお姉さんポジションだったのである。なんとなく、年上の存在への憧れはあった。
ルカはそうしてミズキに宿題を見てもらったのだが、これがすごい。わかりやすい。ルカが苦手な算数もミズキの説明ですらすら解けた。
その後、近頃小学生でも必修科目になった英語を簡単に教えてもらい、そのうちに双見夫妻が迎えに来た。