始の章-8
生染地区比灘駅前にはコンビニがある。その入口付近の明るみでルカは携帯電話を持ち、相手先と語り合っていた。
現在時刻は六時四十分。図書館から歩いて十分かからない位置にコンビニや駅はある。大型量販店などはないが住宅も少ない。いるのは町民よりも外から来た者の方が多いだろう。
そんな人通りのまばらな駅前の道をルカの傍らでぼーっと見ていたのは、アオハだった。彼は七時発の帰りの電車までどう時間を潰そうか考えていた。
「アオハくん、ありがとう」
通話を終えたらしく、ルカが携帯電話を返す。アオハは無言で受け取り、鞄のポケットに仕舞った。
「迎えに来てくれるって。ここで待ち合わせ」
「そう。よかったね」
「アオハくん、まだ時間ある? コンビニ入ろう」
「え? いいけど」
ちょうど時間潰しに悩んでいたところだったが、ルカの方から誘ってくることなど滅多にないので驚きつつ、アオハは頷いた。
自動ドアが開くと、ルカは慣れた様子ですたすたとレジ前を突っ切っていく。どうすればいいのかいまいち掴めないアオハはそれに倣った。
奥のレジに辿り着くと、ルカはそのレジにいた爽やかな風貌の青年にぺこりと会釈する。
「こんばんは、お兄さん」
「こんばんは、ルカちゃん」
その青年はルカの後ろのアオハにもすぐ気づく。
「ルカちゃん、その子は?」
「友達のアオハくんです」
「おやおや、シランくん以外にもボーイフレンドがいたとは、ルカちゃんやるぅ」
「な、何がです?」
ルカが頬を染める初々しい様子に周りの客が微笑ましい目を向ける中、ボーイフレンドと称されたアオハはじっと青年を見つめていた。名札にはひらがなで"やしま"と書いてある。
「癖毛ですか?」
名乗りもせずにアオハが口にしたのはそれだった。青年は気にした風もなく、爽やかな笑みのまま答えた。
「そうだよ。天パは別にいいんだけど、朝が大変なんだよね」
爆発してるんだよ〜、とのんびり説明するやしま。そんな彼に、ルカが「あの!」と声をかける。
「ああ、注文だね? 何がいいかな?」
「あんまん……」
「了解」
「かしこまりました、だ新人!」
奥から怒鳴る先輩店員の声。「すみません」と謝りつつも、てへぺろといった表情。常人がやるとかなり腹の立つ表情だが、やしまがやると不思議とそうは感じない。そんな雰囲気を彼は持っていた。
ルカは握りしめていた二百円を差し出す。あんまんと共にお釣の八十円がじゃらりと返ってきた。
レジを去るとルカは自動ドアの脇のスペースに向かう。そこには小さいテーブルや椅子が並んでいた。
「ここのコンビニね、イートインスペースがあるの。ここならある程度のんびりできるでしょ?」
「そうなんだ。気がつかなかった」
隣り合わせの椅子に二人は腰掛ける。窓際の席だ。ルカの親の車が来たらわかるようにだろう。
外の明かりがぽつりぽつりと夜景を作り始めたのを眺めていたアオハに、ルカが隣から半分に割ったあんまんを差し出す。
「半分こ。よかったらどうぞ」
「……ありがとう」
受け取ったそのあんまんの生地からじんわりと温もりを感じた。アオハは珍しい生き物を見つけたかのような眼差しでしばらくそれを見つめ、万を辞してぱくりと食べる。
「美味しい」
「でしょう? わたし、ここのあんまん大好き」
そんなルカの笑顔とぎこちないアオハの様子で目の保養をしていた人々は店内にどれくらいいただろうか。
そんな方々に向かい、アオハはおもむろに言った。
「この店の回し者ではありません」
あまりにも冷静な一言に一同が呆然としたのは言うまでもない。
アオハはそんな子どもだった。