喪の章-2
「これが染崎ハルカよ」
あれから一週間が経ち、何事もなく平穏に過ごしていたルカは虹の瀬のところを訪れていた。
虹の瀬はアルバムを整理しながら出てきた写真をルカに見せる。今出しているのは、三人の男女が写っている写真。
左側で隣の人物とくっついてピースをしている虹の瀬と、恥ずかしそうにはにかみ、虹の瀬の隣で控えめなピースをとる中央の女性。その反対隣には八嶋ミドリにそっくりな癖毛が印象的な爽やかな笑顔の青年。
中央にいるのが染崎ハルカだという。顔立ちは朝原ミズキにそっくりだった。
正確には、ミズキがハルカにそっくりなのだが。
──あのときルカに襲いかかってきた人物である。
「察してるだろうけど、右側の人がカナタね」
「この人が……ミズキお姉さんとやしまのお兄さんにそっくりですね」
「七人兄弟の中で一番父親に似ていたのがミドリくんで、一番母親に似ていたのがミズキちゃんだからね。アカネちゃんは父親似、トウコちゃんとシオンくんはどちらかというと母親似って感じで、アオハくんとシランくんは一概にどっち似とも言えない顔してたなぁ」
言いながら虹の瀬は遠くを見るように目を細めた。幼なじみとその子どもたちの顔を一人一人思い出しているのだろう。
そんな虹の瀬の横から、ルカはまじまじと写真を見つめる。
辺りにもいくつか写真が散らばっていた。今虹の瀬の手にあるものと同じく、三人で写っている写真、各々が撮られた写真、カナタとハルカのツーショット。
その中にルカはある物を見つける。
「これって」
ルカが注視したのは、ハルカの控えめなピースを象る左手だ。
薬指に茶色い指輪が嵌まっている。
小さくて模様までは見えないが、ルカがシランからもらったものによく似ていた。
「ああ、それね。カナタがハルカに贈った結婚指輪よ」
「けっ……!?」
頬を赤らめる初々しいルカの反応に虹の瀬は笑いをこらえながら続ける。
「カナタの告白、凄かったのよ。あまりない貯金を切り崩してハルカを遊園地デートに誘ってさ、観覧車の中でハルカの左手に指輪を嵌めて、"僕は貧しいから、こんなものしか贈れないけれど、それでもいいのなら、結婚してください"って。ルカちゃんのそれと同じで手作りだったのよ? 名前も"ハルカ"って掘ってあった」
「ほ、ほえぇ」
話の内容に圧倒されるルカに、虹の瀬は妖しげな笑みを浮かべる。
「って話、実はシランくんにもしたのよね」
「えっ! じゃあまさか」
「本当に一所懸命作ったみたいねぇ。たぶん、同じことしようと思ってたんじゃない。あれ、告白のつもりだったのかしらね?」
ぼんっと顔から湯気を立てるルカ。しかしほどなくしてその顔は翳る。
「シランは……」
涙ぐんで俯くルカの頭を虹の瀬はぽんぽんと撫でた。
「ハルカがカナタの告白に応じたとき、カナタはこう言ったそうよ。"これからずっと、僕があなたを守ります。この指輪に賭けて"と。……シランくんも同じ思いでこれを作ったんじゃないかしら。実際、守ってくれたでしょう?」
「はい」
おそらくあのときルカに襲いかかったハルカが動揺したのは、かつて彼女がカナタからもらった指輪のように見えたからだ。
「シランのことだから、そんなことまで見越していたのかもしれませんね」
年齢にそぐわぬほどの周到さにルカは苦笑いしながらも、感謝した。
加賀美が死んでから、もう不審死が発生することはなくなっていた。あれ以来ルカがあの歌声を聴くことはなかったし、ハルカの姿を見ることもなかった。
「終わったのね、ハルカ」
虹の瀬は誰にともなく語りかける。
「蘇らなかったでしょう? カナタは」
"都市伝説"は、もう終わり。




