始の章-7
生染地区にはあらゆる公共施設がある。警察や病院は他の地区からも来やすいように地区の外れにあり、町の中心だ。役場も近い。一方生染地区中央には学校がある。ルカやシランたちの通う小学校だ。その隣に図書館がある。
ルカやシランは休日などによくこの図書館に来ている。二人共、職員全員に顔を覚えられるくらいの常連だ。
「こんにちは」
「あらルカちゃん、こんにちは。いや、もうこんばんはの時間かしら? まだ施設に帰らなくていいの?」
「いえ、わたし、この間双見さんって方に引き取ってもらったんです」
「そうなの! よかったわね」
「じゃあ、双見ルカだ」
話に割って入ったのはルカと同い年くらいの男の子。
「こんにちは、片倉くん」
知的な雰囲気を漂わせたその男の子は読んでいたハードカバーをぱたんと閉じてルカに歩み寄る。
「だから片倉って呼ばないでって言ってるじゃないか、ルカ」
「えと、あの……シランがいつも苗字で呼ぶから」
「あいつは別。葵御紋の"葵"に"羽"でアオハだよ」
きりりとした目を細めて名乗った彼は片倉葵羽。ルカやシランと同い年らしいのだが、比灘町の住人ではなく、遠い大都会・野瀬市から来ているという。何故野瀬市からわざわざ来るのかやシランと始めから顔見知りだったらしいなど、謎の多い少年である。
「それで、その市瀬は?」
「えっと、それが伝言を預かっているの。たしか……"アイからセイへ。烏は今日は帰れない"だったかな」
「そう。わかった」
アオハはさらりと頷いて流すと、ハードカバーをまた開く。その横顔にルカはあれ? と既視感を抱く。
アオハくんの横顔、眼鏡を取ったシランに似ている?
一瞬そんな疑問が閃くが、アオハがぴらりとページをめくったことでルカの気が本の方にそれる。疑問は霧消した。
アオハの持つ本はダークグリーンで、金字でタイトルが入っている。
「"七つの子"」
ルカがタイトルを読み上げるとアオハはぱっと顔を上げた。
「知ってる?」
「ううん」
「……都市伝説なんだ」
アオハが静かに説明する。
七つの子とは父親の亡い七人兄弟の物語である。彼らは幼心に父親を蘇らせようと考えたそうして行ったのが"それぞれが体の一部を父親の新しい体とするために捧げる"という方法だ。一人は足を、一人は腕を、一人は目を、顔を……といった具合に。
「子どもたちの儀式に協力していた母親が最後の一部分が足りないって子どもたちの手で殺されるんだけどね」
「結末知ってるの?」
「何度か読んだから」
「怖い話だね」
そう感想をこぼしたルカにアオハは首を傾げる。
「だいぶはしょったし、そんなでもないと思うけど?」
「そ、そうなの?」
平然というアオハにルカは戸惑う。アオハはあっさり頷いた。
「物語なんて所詮空想の産物。いくら怖くたって現実じゃないんだ。僕らはそれよりもっと怖いものを知っている」
「……ら?」
アオハが複数形にした部分に疑問符を浮かべる。しかしアオハは何も言わず、本に目を戻した。なんとなく手持ちぶさたになったルカが視線を泳がせると、館内の時計が目に留まる。
六時三十分。
「いけない! そろそろ帰らなきゃ」
ルカが声を上げるとアオハがぱたりと本を閉じた。
「じゃあ、途中まで一緒に行こう。僕は電車だから駅までだけど。迎え呼んだら?」
言いながらアオハは傍に置かれた鞄を開け、携帯電話を取り出す。
「これ、貸すから」
「えっ、そんな。悪いよ」
「いいよ。ルカは友達だし。長電話じゃなきゃ十円二十円しかかかんないから」
とりあえず、とアオハは鞄を肩にかけ、立ち上がった。
「外に出ようか」