哀の章-9
「ルカ、楽しい?」
傍らにやってきたシランがルカに問いかける。ルカは指輪の嵌められた左手を胸に抱き、はにかんで小さく頷いた。
「ありがとう。シランのおかげだよ」
ルカがそう言うとシランは照れたのかそっぽ向いてしまう。
「俺も、ルカと会えて、よかったよ。ルカがいるから、俺も幸せでいられた。ありがとう」
小さく言葉を交わす二人。ルカは傍らのシランを見上げる。シランは遠くを見るような目で寂しげに続けた。
「俺、兄弟がいるって言ったよね」
「あ、うん」
唐突な話題転換にルカは咄嗟に頷くが、ふと引っ掛かりを覚える。
それはただの引っ掛かりではない。とても、知ってはいけないような、知りたくないような危機感を帯びた悪寒が背筋を撫でる。
それに気づいていないのか、シランは明後日の方向を見たまま、言葉を次ぐ。
「全員に会えたんだよ。一応。父さんと母さんには会えず終いだけどさ」
「兄弟、見つかったんだ。よかったね」
「うん。でも、父さんと母さんにももうすぐ会えるよ」
「へぇ……え?」
何故かその言葉にものすごい違和感を感じた。実の両親に会える。孤児であるルカやシランにとって、それ以上めでたいことはない。
しかし。
「シ、シランのお父さんとお母さんって?」
声が震えるのを必死にこらえながらルカは尋ねる。
シランはちら、とルカに振り向き答えた。
「言わなかったっけ? 俺は七人兄弟なんだよ」
「え」
「七人兄弟の下から二番目。双子兄弟の弟」
その響きに覚えがあった。
七人兄弟の中の、双子兄弟の弟。"七つの子"の最後の一人。
そんな、まさか。
ルカは自分の脳裏によぎった考えを否定するため、聞き返そうとするが、シランはふいっと目をそらし、時計を見上げる。
「あ」
間の抜けた声を上げた。
「もう五時だ」
「え?」
ルカも時計を見上げる。十二時二十五分。五時には程遠い。ただ、長針と短針が逆だ。
だが。
何か、予感がした。
五時が示す意味。
シランがどこか虚ろな眼差しをルカに向ける。すっとその手がルカの耳に手を伸ばす。
七つの子の時報の時間。
ああ、いつものとおり、シランが聞こえないように耳を塞いでくれるんだ。
習慣になったそれにルカは何の疑問も抱かなかった。
しかし、シランの腕は払われる。ルカとシランの間に割って入った虹の瀬が、ぱしんと弾いた。
ルカはわけがわからず、目を瞬かせる。
「いっ……!」
虹の瀬は呻いて倒れた。
強く払われたはずのシランは、何故かルカに倒れかかってくる。
ぽすん。
ルカは何の気なしにシランの体を受け止める。
「シラン?」
その顔を確認するために肩に手を添えて──気づいた。
振り払われたのに、倒れないわけである。
シランの左肩から先がない。
「シ、ラン……?」
ルカの呼び掛けに、答える声はない。
代わりのように、響いたのは。
「からすなぜなくの
からすはやまに
かわいいななつのこがあるからよ……」
歌声が、聞こえた。




