哀の章-7
「ルカお姉ちゃん、お誕生日、おめでとう!!」
配膳室に入ってきたルカに対し、子どもたちが待ち構えていたように、わーっとルカの元に集まってくる。脇に控えた職員たちはクラッカー代わりの紙の雨を降らす。
「え、え?」
誕生日……? 当の本人は全く覚えていなかった。
それもそうだろう。ルカは赤ん坊の頃に虹の瀬に拾われ、正確な誕生日など知らないのだから。
戸惑うルカに虹の瀬が捕捉する。
「ここにいる子たちの中にはルカちゃんと同じく本当の誕生日がわからない子もいるわ。今までもそういう子は少なくなかった。でも、誕生日って大切なものでしょう? だから私が、出会った日をみんなの"誕生日"にしてるの。ルカちゃんは四月の末。忘れてた?」
「あっ」
言われて、ルカの記憶が微かに揺らめく。そうだ。いつもこの時期に同じようにみんなが集まって……。
だから今日は、それとなくルカを避けていたのか。
ルカの目にじわりと温かいものが滲んでくる。
「み、みんな……ありがとう」
顔を両手で覆い、泣きじゃくるルカ。シランや虹の瀬、職員たちはその様子を微笑ましげに見つめていたのだが。
「ル、ルカ姉? なんで泣いてるの?」
「どこか痛い?」
「あ、わかったぞ! シラン兄ちゃんがまた何かしたんだ」
「なんで俺!?」
「わー、シラン兄悪いんだー」
「女の子泣かすとかひどーい」
「でもシラン兄ってそういうやつだよ」
「お前ら変わらず酷いな!」
子どもたちからのブーイングに突っ込むシラン。虹の瀬が後ろでくすくす笑い、ルカも思わず吹き出した。
「あ、ルカ姉笑った!」
「笑った笑った。ルカ姉よかった」
「だいじょーぶ? 痛くない?」
「うん、痛くないよ」
わらわらと寄ってくる子どもたちを一人一人撫でて、ルカは微笑む。ルカの笑顔に子どもたちは安心したようだ。
「よーし、ルカ姉笑ったから今だ! シラン兄、告れ!」
「おい! 何言いやがる」
「でもプレゼント用意したんでしょう?」
「何故ばらす!?」
ルカが泣き止むと子どもたちはいつものようにシランをからかうのを楽しみ始めた。シランは真っ赤になる。
「シラン兄ちゃん、今こそ漢を見せるときだよ!」
「何気難しい言葉知ってんな……」
「ほら早く早く! ルカ姉ちゃんまた泣いちゃったらどうすんの」
「う」
「というかぼくたちが早く見たい!!」
「お前ら、本音だだ漏れすぎ!」
詰め寄る子どもたちに呆れたような溜め息を吐き、シランはルカを真っ直ぐ見る。
その眼差しにルカはどきりとする。目の前にあるのはいつもの無表情。そのはず。けれど、透き通った瞳にルカは吸い込まれるような気がした。
「ルカ」
「は、はいっ」
柔らかい声音がルカを優しく包む。
「左手、出して」
「え」
思いがけない要求にルカは目を白黒させる。シランはその左手をそっと取った。
ポケットから手を出し、握っていたものをすっとルカの手に。
ゆっくり放されたルカの手には。
「……ゆび、わ?」
中指に木で作られた指輪が嵌められていた。
「指に合ってよかった。急拵えで悪いんだけど」
「えっ、これシランが作ったの?」
「うん」
ルカは指輪をまじまじと見る。よく見ると、花の紋様が掘られていた。
「似合ってる」
「あ、ありがとう……」
真っ赤になるルカに微笑むシラン。二人の姿に子どもたちが囃し立てる。
「ひゅうひゅう、シラン兄さすがー」
「よっ、色男!」
「おい、どっかの四十のおばさんみたいなこと言うな」
「わー、シラン兄だめなんだー。お母さんのことおばさんなんて」
「市瀬のおばさん来たらチクろー」
「お前もおばさん言ってるだろうが!!」
「よ、四十過ぎはやっぱりおばさんですよね……」
「あー、いんちょが落ち込んでる」
「わー! 院長先生、先生のことじゃありませんって!!」
「あははー、シラン兄ちゃんルカ姉ちゃん以外の女の人まで泣かしてるー」
「酷いんだー」
いつもどおりの子どもたちとシラン。
変わることのない日常がルカはとても嬉しかった。
本当に、変わらないのなら。




