哀の章-1
一方孤児院では、シランがいつもどおり子どもたちに遊ばれていた。
ルカは院長がいない分、と昼の仕度を手伝いに行って、いない。
時計が十時を回った頃、シランはおもむろに鞄を手にする。
「始めるぞー」
何を、とは言わない。しかし子どもたちはその一言だけで全てを察したようにシランの元に集う。にこにこしている中に、にやにやしているやつがいた。
「ねぇねぇ、シラン兄」
にやにやしている一人がシランの方にすり寄る。にやにやがそのままの顔にシランは若干引きつつ、「なんだよ?」と応じる。
「ルカ姉にはもう告ったのー?」
「がっ」
唐突な問いに変な声を出すシラン。
「何言い出すかと思えば……このマセガキ!」
「わー、シラン兄怒ったー」
「ついでに赤くなってるー」
「珍しいね」
「今日は槍でも降るのかな」
「嵐が来るかもしれないよ」
「え、嵐は違うんじゃない? ほら、シラン兄の名前"枝の嵐"って書くらしいから」
「"枝の嵐"? なんか弱そー」
「そう? 地味に強そうだけど」
「お前ら結構失礼だな……」
子どもたちのだんだんと方向のそれていく会話にシランは項垂れ、脱力する。深い溜め息の後、ぼそりと言う。
「するわけないだろ。もうすぐ……だからな」
「えー何何? 今何て言ったの?」
「告ってないの? 甲斐性なし!」
「うるさいやい。とにかく、ほらこれ!」
シランは鞄の中のものをぽいぽいと出す。出てきたのは紙の花。二十、三十と増えて小高い山となっていくそれは明らかにシランの鞄の容量を超えていた。手品にでも見えたのか、子どもたちがおおーと感激する。
「見てないで飾り付け! 今日が何の日かは覚えてんだろ?」
「もちろん!」
子どもたちがユニゾンする。結構大きな声だったため、シランはびくんとし、慌てて口元に人差し指を当てた。
「静かに。ルカに聞こえる」
「そーだよねー。ルカ姉には秘密にしたいよねー」
「サプライズだもんねー」
子どもたちはひそひそ声で会話を始めるが、これはこれでうるさい。
しまいには全員でシランを振り仰ぎ。
「愛だよねー」
と異口同音でにやにや。
きれるのも疲れたシランは、部屋の飾り付けを開始するのだった。
ルカはというと、手伝いに向かった給食室を追い出され、困り果てていた。
職員たちは院長を通じて今日のことを聞いており、それゆえにルカに手伝いをさせるわけにはいかなかった。
気持ちは嬉しいけれど、とやんわり断られルカが職員に案内されたのは院長室。つまり虹の瀬の私室だ。
院長に許可はとってあるから、好きに見ていって、と言われたものの、他人の私室をあれこれ見るのは気が引けた。
しかし、入ってすぐ、机の上にあるノートに心惹かれた。
それは日誌だった。日記ではない。孤児院にいる子どもたちをどのような経緯で引き取ったか、またどのような里親に子どもたちが引き取られたかが詳細に記されていた。
虹の瀬の仕事にルカは前々から興味を持っていた。
故に、ルカはそのノートを手に取った。一ページ目を開くとそこには。




