幸の章-2
仏壇の前には写真立てがあった。そこには虹の瀬の幼なじみであり、加賀美の息子であるカナタ──虹の瀬は知らないことであるが、三月に不審死した大学生・ミドリと瓜二つだ──が写っていた。
その傍らにもう一つ、写真立てがあった。そこに写っていたのは。
「どういうことですか、るゐおばあちゃん」
虹の瀬はその写真立てを手に取り、何度も目を瞬かせて確認する。その人物が実は別人なのではないかと疑ったが、幼なじみを見間違えるわけはない。
「どうもこうも、亡くなったんだよ」
加賀美は重たい口を開き、告げた。
「既にこの世に亡いんじゃ。染崎ハルカは」
「そんな」
小さな遺影の中のハルカの顔に大粒の雨滴が降り注ぐ。
「そんな」
虹の瀬はそれ以外の言葉を紡ぐことができなかった。写真立てを抱えさめざめと泣く。加賀美が優しい手つきでその背をさすった。
しばらくして、ようやく涙の止まった虹の瀬はマッチをすり、蝋燭に火を灯した。煙がくゆる線香を三本、さくりと灰の中に立てる。
写真立てで二人の親友が寄り添い、笑っていた。
「ハルカちゃんはねぇ」
居間に戻り、虹の瀬にお茶を淹れると、加賀美はゆったりと語り始めた。
「二月の始め頃、亡くなってたんよ。隣だから、気にかけとったつもりだった。けんども、五日も、気づいてやれんかった……」
俯き、加賀美は肩を震わせる。手にした湯飲みがかたかたと音を立てる。ぐ、と無理矢理息を飲み込む音がした。
「ハルカちゃんはねぇ……自殺だったんよ」
「!?」
がちゃり
虹の瀬は茶碗を倒してしまった。緑茶がつぅっとちゃぶ台の上を滑っていく、それが自分の膝を濡らしたところで虹の瀬ははっとし、近場の布巾で拭った。
淹れ直すわぁ、と加賀美は急須に茶葉を入れ、お湯を注ぐ。けれどぼーっとしていたようで、五分近く蒸らしていた。
緑色の濁った液体が湯飲みに注がれるが、虹の瀬は気にしなかった。
最初にハルカを見つけたのは加賀美だったという。そのときの衝撃は今の虹の瀬以上だったにちがいない。この様子だと、まだ立ち直っていないようだ。
いつかあるかもしれないとは思っていた。ハルカの自殺。カナタが死んだときには後追いしようとするハルカを止めるのに苦労した。まだ記憶に新しい。
けれど、後追い自殺というには、今更と言えなくもなかった。何故なら最愛の夫・カナタの死からもう十年近い時が経っているのだ。
それなら、何故……そう思わずにはいられなかった。それを汲み取ったのか、加賀美は「……遺書があるけ」と言い、立った。居間の片隅にある引き出しから、白い封筒を取り出す。
手渡されたそれを、虹の瀬は開いた。
意外にも文章は短かった。
「私は耳を捧げます。だから戻ってきて、カナタ」
虹の瀬はその言葉に瞑目した。




