悼の章-14
「その本は?」
駅に向かいながら、シランがトウコに尋ねる。トウコはブックカバーを取って見せた。
タイトルは"七つの子"。ルカは小さく悲鳴を上げる。
「あ、あそこに住んでいる人って、何なんですか? トウコさん、三女って……」
「染崎遥さん。私の本当のお母さんだよ」
「え……」
柔らかく答えたトウコにルカは戸惑う。
「色々調べてわかったんです。私の声、届くかなって思ったんですけど……だめみたいですね」
「トウコさん?」
寂しげな眼差しのトウコの言葉にルカは言いようのない不安に囚われる。けれど、トウコは自分の名を呼んだルカに答えることはしなかった。
「ルカちゃん、シランくん、さようなら」
駅に着き、トウコは去っていってしまう。
「はい、さようなら。また明日」
シランはにこやかに言ったが、ルカはどうしても答えることができなかった。
次の朝。
朝といっても、まだ日が昇り始めたばかりの早朝である。起きている人はそういないだろう。そんな時間に双見家の呼び鈴を鳴らす者があった。
ルカはその音で目を覚ます。呼び鈴は案外と根気強く鳴っていた。父も母も起きていないこんな時間に、と思ったルカだが、五分ほど放置されても鳴り止まないのを聞いて、さすがに可哀想に思えてきた。インターホンに出る。
「はい」
「ルカ!」
小さい液晶画面に映ったのは見慣れた幼なじみ、シランの姿だった。
「シラン、どうしたの?」
「早くにごめん。でも、急なことで……東雲さんから、メールが来たんだ」
「トウコさんから」
ぞわりと鳥肌が立つ。嫌な予感が頭の中で警鐘を鳴らす。
ルカは外に出て、シランの方に駆け寄る。シランはすぐに携帯電話を出してメールを見せてきた。
「今、駅にいます」
たったそれだけの短い文。他には何も書いていない。
「たぶん、来てほしいんだと思うけど、行く?」
「うん」
頷くルカに躊躇いはなかった。
どうしても払拭したかったのだ。胸から消えない予感を。
すぐに支度をして、家を飛び出す。そのまま登校しようとランドセルを背負っていた。
生染地区へ急ぐ。町はまだ朝で静かだった。コンビニの明かりがやたらと目立っていたが、そのコンビニですら閑散としている。
そこを通りすぎ、まだあまり人気のない駅のホームへ入っていく。
トウコの姿はすぐに見つけられた。自販機の横のベンチに座っている。
「トウコさん!」
ルカは呼び掛けた。しかし、反応はない。指先一つ動く様子はない。
そのとき
「からすなぜなくの」
耳慣れたあのフレーズが聞こえ、ルカはその場に凍りつく。
そこからシランは何か感じたのか、必死に駆け寄ろうとするルカをその場に留め、先に自分だけでトウコの様子を見に行き──絶句した。
「シラン? トウコさんは」
「……死んでる」
シランの呟きと同時に、かしゃんとトウコの顔にかけられていた眼鏡が床に落ちる。
そこでルカは気づいた。
トウコの目から涙が流れていた。赤い涙が。
膝の上で上向きに置かれた手の中にはころころとしたものが。
よく見れば、それが何であるかはすぐにわかった。
目だった。




