悼の章-13
トウコに誘われ、ルカとシランは加賀美のいる木造アパートに向かった。
踏みしめるたびにきしきしと音を立てる階段。ルカはなんとも言えない不快感をどうにか抑えつつ、トウコの後ろをついていく。
「着きました」
そう言ってトウコが止まったのは加賀美の部屋──の隣。
「え?」
ルカが戸惑い、疑問符を浮かべるが、トウコはその部屋の呼び鈴を押す。シランは黙ってそれを見つめている。
ぴんぽーん……ぴんぽーん……ぴんぽーん……
一定の間隔で押される呼び鈴。いつまで経ってもその部屋の住人が出てくる様子はない。
それでもトウコは呼び鈴を押し続けた。
ぴんぽーん……ぴんぽーん……ぴんぽーん、ぴんぽーん、ぴんぽぴんぽぴんぽぴんぽぴんぽぴんぽぴんぽぴんぽぴんぽぴんぽぴんぽぴんぽぴんぽぴんぽぴんぽぴんぽぴんぽぴんぽぴんぽぴんぽぴんぽぴんぽぴんぽぴんぽーんぴんぽーんぴんぽーんぴんぽーんぴんぽぴんぽぴんぽーん……
「トウコさん!」
子どもの悪戯のように連打するトウコをさすがにルカはおかしいと思い、制止する。
「そんなに連打したら、迷惑ですよ」
「……そうですね」
反省をしたのか、トウコは躊躇い気味に一度押す。
ぴんぽーん……
その呼び鈴にも応じる声はない、と思ったが。
「ああああああああああああああっ!!」
突然の女性の悲鳴。頭を貫くようなそれにルカはふらりとよろける。後ろにいたシランがそれを支えた。
トウコは臆した様子もなく、むしろ自分から一歩踏み込む。ドアノブに手をかけた。
「トウコさ」
がちゃり。
ルカが止めようとするのを阻んで、ドアノブが回る。……鍵がかかっていない。
きぃぃぃぃ……
長い間開かれていなかったのか、扉が軋みながら開く音がやけに耳についた。
そうして開かれたその先には。
誰もいない。
間取りは加賀美の部屋と同じようだ。入ってすぐ、リビングが見える。奥のぴたりと閉ざされた向こうにはおそらく、洋間とベランダがあるのだろう。
リビングには誰もいない。
いるとしたら、閉ざされた洋間だろうが。
ルカには人の気配は感じられなかった。
何故なら、他の呼吸音が全く聞こえないからだ。
あれだけの悲鳴の直後だ。息を整える必要だってあるだろうに、そういう音が全く聞こえない。異常聴覚を持つルカからするとそれはおかしなことだった。
誰もいないの?
「こんにちは」
ルカの脇でトウコが声を上げた。いたって普通の挨拶。──でも誰に?
「お母さん、会いに来ました。覚えていますか? 貴女の三女です」
三女という単語にびくりとルカの肩が跳ねる。
「お母さん。私は貴女を止めに来ました。どれだけ願っても、お母さんの願いが叶うことはないんです。あれは架空のお話なんです。だから、やめてください」
トウコの言葉を頭の中で解釈していく。あの話って、まさか。
トウコは靴を脱いで部屋に上がり、リビングのテーブルにあったハードカバーの本を手に取る。
「お母さん、染崎遥さん。どう足掻いても彼方さんは戻って来ません。だから、諦めてください」
トウコは本を胸に抱く。
「お父さんは蘇らない」
そのまま、本を持ち去った。




