悼の章-3
迎えが来てルカが帰った後、加賀美と二人きりになったトウコが目の前の老人を真っ直ぐ見据える。
「おばあさん。今日こそ……」
少し躊躇った後、トウコは言い放つ。
「今日こそ隣の染崎さんに会わせてください」
加賀美は押し黙ったまま答えない。
眼鏡がない分いつもより間近のトウコの目から逃れるように視線を外し、あるところに留まる。
そこにあったのは写真立て。中には男の子が無邪気な笑顔で写っていた。面差しは年相応に子どもっぽいが、どういうわけか先月不審死を遂げた青年・ミドリと瓜二つだった。
笑顔の男の子を見、加賀美は懐かしげに目を細める。
「あの子は悲しい子だよ」
ぽつりとこぼす。
「カナタを失って、心を壊してしまった。だから、そっとしておいてけろ」
「そういうわけにもいかないんです」
トウコがきっぱりと告げる。
「残っているのは私を含めてあと三人。これが何の人数かわかりますか?」
加賀美は写真から目線を外す。眼鏡のないトウコの普段とは程遠い鋭い眼差しと出会う。
トウコは辛そうに一度唇を引き結んだあと、続けた。
「貴女の孫の人数です」
トウコの言葉に加賀美は緩やかに口端を持ち上げる。
「トウコちゃんに会えただけで、充分に嬉しいわ」
「そういう問題じゃありません!」
トウコにしては珍しく、声を荒げた。
「私は、せっかく見つけた家族と離ればなれになるのは嫌です。やり直せるなら、みんなで過ごしたかった。全員は……もう無理なんです。それでも、生きている私たちで……本当の家族に……」
語尾は掠れて、言葉尻に涙が滲む。
止めたいんです……
声にならない思いが落ちた。トウコの唇に象られて。
加賀美は隣の部屋の方を見る。壁の向こう側、そこにいる人物を見据えるように。
「トウコちゃんに、あの子が変えられるかえ?」
静かな問いが放たれる。
「止めるしかないんです。全てが終わってからでは遅いんです」
その瞳には決然とした輝きが湛えられていた。
その意志を汲み、加賀美は短く息を吐くと、ゆっくり語り出す。
「わかった。けども今日は会わね方がいい。トウコちゃんは多ヶ竹に帰らねどいけねべ。今日は帰らいん。代わりに隣の部屋の──染崎遥のことをいくらか話すべ」
「はい」
トウコは神妙な面持ちで頷いた。
その頃、比灘町から遠く離れた都会・野瀬市では。
「染崎遥、ね……」
アオハは自宅の広い私室でアルバムのようなものをめくっていた。そこにある写真の中に先日右腕が落ちて亡くなったミズキとそっくりの女性の姿があった。
見れば広い部屋の片隅に置かれた机の上はアルバムだらけで、ミズキに似た女性の他にミドリに似た男性の写真もいくつか散らばっていた。
「"七つの子"完全再現まであと三人。どこで僕にお鉢が回ってくるのかな。っと、ちょっと不謹慎だったか。目撃者に選ばれたのが彼女じゃなきゃ、僕は別によかったんだけどね」
ぶつぶつと独り言を呟く。その場には誰もおらず、聞く者などないはずの言葉。だが、アオハの語り口はまるで誰かに言い訳をしているように聞こえた。
アオハは手にしていたアルバムを一旦置き、散らばった写真の中から一枚をつまみ上げる。
そこには眼鏡をかけた同い年の男の子。
「ねぇ、君はどうするつもりなの? シラン」
その問いへの答えは当然返って来ない。




