堰の章-9
「あれ? 今日は市瀬くんは?」
放課後、ルカが図書館に行くと、窓際の席、こめかみから一房ずつ三編みを垂らした少女が本を読んでいた。見覚えのあるが何かがいつもと違うような気がして声をかけられずにいたルカに気づき、少女が発した問いがそれだった。
その少女──トウコの言うとおり、今日はシランは一緒ではなかった。
曰く。
「おうちのお店が大繁盛らしくって、手伝いに呼び出されたそうです」
「市瀬くんのおうちって」
「定食屋さんです。どれも美味しいんですけど、私はオムライスがおすすめですね」
「オムライス、いいね」
トウコがほんのり微笑む。
そんな一連の会話を終えたところで、今度はルカが疑問符を浮かべた。
「トウコさん、今日、眼鏡は?」
そう、トウコは眼鏡をかけていなかった。
「ああ、眼鏡。かけてなくても大丈夫なの」
こてんと首を傾げ、のんびりと答えるトウコ。平然とした答えにルカが驚く。
「なくても大丈夫って、コンタクトですか」
「ううん。伊達眼鏡」
「ええっ!?」
更に驚きである。
トウコはつらつらと続けた。
「私、視力は元々2.0で度を入れる必要はないの」
「じゃあなんで眼鏡を?」
当然の疑問だ。まさかとは思うが、お洒落なのだろうか。
トウコはんーとね、と顎に人差し指を当ててちょっと考えてから答える。
「見えすぎるから」
「えっ?」
「見えすぎるから?」
何故か二回目は疑問形だった。
というか。
「見えすぎるって、何がですか?」
「……言った方がいい?」
微妙な間をもって聞き返され、ルカは少し怖くなったので、いいです、と返した。
それもやっかみの一因を担っているのかな、とちらりとトウコの顔を窺うと、トウコは何を勘違いしたか、更に言葉を紡ぐ。
「眼鏡、伊達だけど、壊れちゃったの。今日、頭ごんってなっちゃって」
「ええっ? 大丈夫ですか?」
「大丈夫。この髪で見えないところだから」
ぷらぷらとこめかみから編まれた三編みを示して言う。何かずれているとルカは脱力した。
この感じ、何かシオンに似ている。
顔もよく見れば、シオンと似ているかもしれない。雰囲気も。偶然髪の長さが同じくらいだからというのもあるだろうが。
シオンとよく似た無垢な瞳がルカには少し悲しく見えた。
「そうだ。今日も加賀美のおばあさんのところに行くの。双見さんも一緒に行く?」
「はい」
「じゃあ、行こっか」
トウコは鞄を手に立った。
外に出ると、おーい、と呼ぶ声。ルカが反応すると自分たちの後方、五百メートルくらいだろうか。から人影が、次第に大きく……というか速い! ──驚きの速度でこちらに接近していた。
「あ、アカネさん」
まだ二百メートル以上離れているだろうに、トウコはその人物を特定し、ルカが驚く。目がいいというのは本当のようだ。が。
「あ……あああっ! アカネさん、来ちゃ駄目!!」
突然トウコが叫んだ。その声にルカは頭がきーんとなり、耳を塞ごうとし
「からすなぜなくの」
また、あの声がした。
直後。
ぱぁんっ
破裂音。がたがたと震え始めたルカが目にしたのは。
左足が破裂し、その場に崩れたアカネの姿だった。




