堰の章-1
「ルカ、大丈夫?」
「うん……」
ベッド脇から声をかけてきたシランにルカは力ない声で応じる。
ルカは今、病院にいた。ミズキの腕を見た後、倒れてしまったのだ。
側にいた加賀美が救急車を呼び、ルカの方は運ばれ、今はここに落ち着いている。
「ミズキさんは?」
ルカが小さな声で問うと、シランからは何も返ってこなかった。それが答え。
気まずい沈黙が場を支配する。ルカはシーツをきゅ、と握りしめた。シランがその手に自分の手を重ねる。
「ミズキ……お姉ちゃん……」
じわりと呟きが零れた。
「ミズキお姉ちゃん、今度、英語教えてくれるって、約束した、ばっかりなのに。なんで、なんで!」
「ルカ……」
名を呼ぶ以外、シランはかける言葉を見つけられなかった。
ぽつりぽつり、シーツに零れ落ちる雫が染みていく。
シランは無言でルカの背をさすった。堰を切ったようにルカが声を上げて泣き出す。
そのとき。
時報が鳴った。
いつもどおり、メロディだけの時報。夕刻を告げるそれにルカは震え上がった。
「いや、いや、いやぁっ!!」
「ルカ?」
「や、やあぁぁぁっ!!」
泣き叫び、耳を塞ぐルカ。状況が飲み込めず、戸惑うシラン。
外から流れる"七つの子"。
ふと気づき、シランはルカの頭を抱き寄せる。耳を塞ぐようにして。
のどかな曲が終わり、ルカを離す。
「大丈夫だよ、ルカ」
優しく語りかけ、そっと耳を塞ぐ彼女の手に触れた。手が耳から離される。曲が止んでいることに気づいたルカがはっと顔を上げた。
「シ、シラン。ごめん」
「ん? いーよ。それより……また聴いたの? あの歌」
ルカが時報に怯えたことで気づいたらしい。ルカは小さく頷いた。
シオンのときもミドリのときも、ルカは直前にいつも女性が歌う"七つの子"を聴いている。間が空いたとはいえ、立て続けに三件も人死にに遭えば、トラウマのようになっても仕方ない。
ルカの証言を聞いたシランが眉根を寄せる。
シランはある話に思いを馳せていた。
"七つの子"──都市伝説に伝わる、一つの家族の物語。
始まったか、と彼は思う。図書館で、シランはアオハにルカは目撃者に選ばれたのだと言った。それがよかったとはとても思えないが。
シランはこれから続くかもしれない惨劇を知っている。だが、それをルカに話した方がいいとはとても思えなかった。
三件で既に参っているのだ。……何も知らない方が、幸せかもしれない。
そう頭では思っているのだが、心が晴れない。もやもやと霧が立ち込める。
とん。
「え、ルカ?」
そんなシランにルカが突然抱きついてきた。シランはどぎまぎする。胸元にもたれかかった顔。俯いたまま、ルカが呟きをこぼす。
「シラン、どこにも行かないで」
泣きそうな声。いや、泣いているのかもしれない。シランは頷き、そっとその頭を撫でる。
「行かないよ。一緒にいる」
ずっと、とは言えなかった。
嘘は吐きたくないから。




