逢の章-5
現れたのは買い物袋を提げたおばあさんだった。その顔を見て、トウコが小さく声を上げる。
「あ、加賀美さん。こんにちは。お、お買い物ですか?」
「うんうん、こんにちは。ちょっとね、鮮美のスーパーまで。おやおや可愛い子たちだねぇ。お友達かえ?」
「は、はい」
顔見知りなのか、ルカと話していたときより幾分かすらすらと喋るトウコ。
優しそうなおばあさんはルカたちににこやかに挨拶する。
「こんにちは。おいはそこの二階に住んでる加賀美るゐです。トウコちゃんは孫みたいなもんでねぇ。よろしゅうね」
トウコより頭一つ分小さいおばあさんが頭を撫でようとして届かず、肩をさする。トウコは苦みを帯びた笑みを浮かべつつ、言葉を次いだ。
「こ、この人に用があってきたの。春休みだから。この時期くらいしか、暇がなくて」
「そうなんですか」
「シノたんはこの上ない勉強鬼さんなんですよねー」
ミズキの発言に勉強鬼? とルカはおうむ返しに訊ねる。
「気がつくといつも勉強してるの。勉強に取り憑かれた勉強の鬼だよ」
「そ、そんな鬼だなんて……大それた存在じゃ……」
「いや、シノたん、気にすべきはそこじゃないから」
畏れ多いといった風に否定するトウコにツッコむミズキ。その絶妙な間合いに加賀美は小さくほほ、と笑った。
「仲のいいお友達なんねぇ。いいこっちゃ、いいこっちゃ」
そだ、とぽんと一つ手をつき。
「晩、食べてき」
「え」
加賀美の唐突な提案に三人は呆気に取られた。
「あ、あの、私、もう帰らないと。加賀美のおばあさんに会えたので、電車が来ちゃうから……」
尻すぼみに言い訳をしながら走り去っていく。脇目も振らず、あっという間に駆けていった。
「あんりゃぁ?」
「あれ、トウコさん……」
トウコの反応にミズキは深々と溜め息を吐く。
「シノたんてば、人見知りなの、治ってないのね……」
「え、トウコさん、人見知りなんですか?」
ルカは驚く。初対面で泣いているときに慰めてくれたので、不器用だが取っつく人なのだな、と認識していた。
ミズキはルカの反応に「ええ?」である。まあ、普通に見るとコミュ障だ。
「あの子、頭はめちゃくちゃいいんだけど、性格も悪くないんだけど、絵に描いたような人見知りで、何年か前までは知らない人は見るだけで逃げるからね。今でも初対面の人からはたまに逃げるけど」
呆れたものよ、とミズキは嘆息する。
ルカには俄に信じ難かった。初対面で悲しむ自分に寄り添い、慰め、ハンカチまで貸してくれた人物が……
ルカが出会いを話すと、ミズキは目を剥いた。
「うっそ……信じらんないわ。でも、ルカちゃんだったからかな」
「わたしだったから、ですか?」
ミズキの言わんとするところがわからず、首を傾げる。
ミズキは優しい眼差しで言った。
「ルカちゃんは優しい子だって、わかるもの」
「優しい、ですか? わたし」
ミズキははっきりと頷いた。
「みどりんの葬式のとき、あたし、泣き喚いちゃったでしょう? あのとき、あなたは泣かないでいてくれたわ。あなたも同じくらい辛かったはずなのに、みんなのいない陰でこっそり泣くようにしてたんだね。誰もいないようなところにいたから、トウコは気づいたんだと思うよ? だから、ルカちゃんは優しい」
ミズキは右手でルカの頭を撫でた。
指が細長く華奢な手だが、ルカには心地よかった。
──お姉ちゃんの手。
なんだかそんな風にどこか懐かしく感じられて、ルカの顔は綻んだ。




