逢の章-4
調べ物があるといってシランが図書館に残ったため、ルカは一人で帰る。
一人で歩いていたら、ある場所に辿り着き、はっとする。目の前で自動ドアが開いたそこは、いつも図書館帰りに行っていたコンビニ。
ルカが店に入ってもいらっしゃいませ、というあの優しい声はもうなかった。ルカはきゅ、と手を握りしめる。
習慣で来てしまった。自動ドアの前で立ち止まっているわけにもいかず、中に入る。そのままレジに向かい、あんまんください、と言った。
「かしこまりました。……って、あなたは確か」
女性店員の声に聞き覚えがあり、顔を上げると、そこには後ろでゆらゆら揺れるポニーテールが特徴的な高校生の少女。
「ミズキさん?」
「ああ、やっぱり。ルカちゃんだ。こんにちは」
「こ、こんにちは」
朝原瑞城。彼女の顔を見るのは二週間ぶりだろうか。──ミドリの葬式でのことを思い出し、目を合わせていられなくなる。
「あんまんだったね。ほい、おまちどお」
普通に接してくれるミズキをルカは不思議そうな目で見上げた。
「ミズキさん、バイトですか?」
あんまんを受け取りながら訊ねる。まあねーと軽い返事が返ってきた。
「お姉さんも春休み?」
「うん。まあねー。ということはルカちゃんも春休み入ったのかな?」
「はい」
「じゃ、今度また英語教えてあげよっか。いつがいい?」
「えっ、いいんですか?」
「いいよー。あたし、一年まるっと交換留学だったから、宿題もないし、教科書買いにいく必要もないから春休みはフリーなのだ!!」
と、ミズキは胸を張る。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
答えながらルカは二百円を出す。
「はい、お釣。イートインで待ってて。もうすぐあがりだから」
「はい」
イートインスペースに向かうと、ルカは窓の向こうが見える席に一人座った。見るともなしに外を見つめる。
公共施設の多い生染地区の数少ない住宅物件がある。二階建てのアパートで全六部屋。ルカの視線の先には古びたそのアパートがあった。
そこにせかせかと歩いていく人影が一人。
「あれ、あの人……」
ルカは思わず外に出た。その人影が見覚えのある人物だったのだ。
近くまで行き、後ろから声をかける。
「トウコさん!」
「!?」
びくん、と過剰に肩を跳ねさせてその人物──トウコが振り向いた。こめかみから一房編まれた三編みが揺れる。
「ぁっ……えと、貴女はたし、確か」
「双見ルカです。先日はお世話になりました」
ルカは行儀よくぺこりと頭を下げる。するとトウコは慌てた様子で両手をぶんぶんと横に振った。
「いえいえいえいえ! わ、私、そんな、たた、大したことは」
「これ、ありがとうございました」
びっくびくのトウコに疑問符を一つ浮かべながらも返そうと持ち歩いていたハンカチを差し出す。
トウコは震える手でそれを受け取り、しばしまじまじと見つめたあと、驚きの声を上げる。
「ま、まさか、わざわざ洗ってくださったんですか?」
「はい。お借りしたものですから」
「そ、そそそんな気を遣う必要はありませんのに!」
緊張のためか、一貫して丁寧語のトウコ。畏れ多いといった感じでルカにぺこぺこ頭を下げる。
「すみませんすみません! 私の独善的な行動で気を遣わせてしまって。私の方が年上なのに、申し訳ありません!」
「え、あの、別に謝るようなことでは」
「すみません、すみません、ごめんなさい、申し訳ございません!!」
これでもかというほど謝り倒すトウコにルカはおろおろとするばかり。どう対応したものか。
そんな頭を悩ますルカに助け船を出したのは。
「おいおいシノたん、低姿勢は日本の美徳だけど、度を過ぎるとただの迷惑だぞー?」
軽い語調でそう告げたのはコンビニから出てきたミズキだった。
「あれ? 朝原さん?」
「いつまで他人行儀なんじゃ、シノたんは〜! うりうり」
「わー、やめてください。頭にぐりぐり痛いです」
こめかみをグーでぐりぐりする通称・うめぼしにトウコが悲鳴を上げる。ミズキは面白がって「うりうり〜」と言い続けるが、その手にはもう力は込められていなかった。
「もう、ルカちゃんてば勝手にお姉ちゃん置いてっちゃうとか寂しいぞ。お姉ちゃん、ちょっぴりぷんすかなのだ」
「あ、ごめんなさい」
「ルカちゃん可愛いから許すのだー」
どこまでも軽いミズキのノリに真面目な他二人は若干ついていけない。
それを察してか、ミズキはすぐに話題を変える。
「で、シノたんは多ヶ竹からはるばるここまでどうして来たの?」
それはルカも気になっていた。見たところ、トウコは目前のアパートに向かっていたようだが。
「うう、ええと、あの……」
トウコが語りにくそうに視線を斜め下にさまよわせる。
そこへ。
「あらぁ? トウコちゃんかえ?」




