勒の章-4
夕方、日が傾いてきた頃にどこからともなく童謡"七つの子"のもの悲しいメロディが流れてくる。
本を読んでいたルカの肩がぴくりと跳ねた。無理もない。この曲と共にシオンの死を目の当たりにしたのはまだ今日のことだ。
そっと後ろからその耳を塞ぐものがあった。振り向くと、眼鏡の奥から優しい眼差しを向けられる。
「帰ろう、ルカ」
「……うん。ありがとう、シラン」
少ししてシランが手を耳から離す。"七つの子"は止んでいた。
「やけに長いよね、この童謡」
奥の本棚から現れたアオハが言う。"七つの子"のことを言っているのだろう。
「そう?」
ルカが首を傾げる。童謡というのはポップスなど、他のジャンルの音楽と比べると、子どもが覚えやすいように作られているため、圧倒的に短いはずだが。特に"七つの子"は短い詩が五番まで連なっていたりする他の童謡から見てもかなり短い部類に入ると思う。
そんなルカの疑問を読み取ってか、アオハが説明する。
「童謡にしては"一番"が長いってことだよ。教科書によってたまに違うらしいけど、"七つの子"は明確に"一番"、"二番"と分かれていることが少ないんだ。歌うときもなんとなく"かわいい目をしたいい子だよ"の詩まで歌わないと、すっきりしないだろう?」
その意見にシランが眉をひそめる。
「よく"からすなぜなくの"までとか"からすは山に"とかで止まる人もいるよ」
「それは続きの歌詞を知らないからだと思う」
ルカも訥々と自分の思ったままを語った。
「わたしたちだって、音楽で習わなきゃ、正確な歌詞なんて知らなかったんじゃないかな? 昔に随分と流行った替え歌があるみたいだし。それにこの曲って、歌つきのCDとか聴いたことないよ」
言われてみると、夕方の放送で時折耳にはするが、メロディラインをいかにも録音しましたという感じの楽器が特定できない独特の音で流れて、歌声が入っているのはあまり聴いたことがない。
おそらく街頭で聞いてみても、鼻歌でフルを歌う人はいても、歌詞つきフルはいないかもしれない。一理ありだな、とシランは頷いた。
「でも、有名な曲よね。不思議」
「それはやっぱり、替え歌の影響じゃない?」
シランは渋い顔をして言う。
「からすの勝手なんて、普通の人からしたら知ったこっちゃないけどね」
その言葉に何か引っ掛かった。替え歌の歌詞に対する評価としては何か不自然なコメントのように思えたが。
「まあ、とりあえず出ようよ。僕、電車の時間が迫ってるんだけど」
アオハの指摘に「それこそ知ったこっちゃないよ」と毒を散らしつつ、シランがコートを羽織った。ルカも慌てて鞄を手にし、図書館を出た。
「別に、見送らなくてもいいのに」
駅近くまで歩いたところで、アオハがルカとシランに振り向き言った。シランが明後日の方向を向いてこう返す。
「お前を見送るんじゃないよ。俺とルカはコンビニに用があるの」
「全く、口が減らないな」
アオハは肩を竦めた。
決して険悪なムードではないのだが、ルカは二人の軽口の叩き合いを見ているとなんだか冷や冷やして、咄嗟に間に入る。
「ほ、ほら、あそこのコンビニ、フライドポテトも美味しいの! あ、よかったらアオハくんも一緒に食べない?」
ルカなりのフォローだったが、アオハは涼しい顔で首を傾げる。
「お誘い嬉しいけど、また買い食い? 太るよ」
「ふぇっ!?」
「おいこらデリカシー」
すかさずシランがすこーんとアオハの頭を叩いた。アオハはやはり不自然なてへぺろ表情(目は笑ってない)。
アオハは真面目なように見えて意外と茶目っ気があるのか、とルカは心のノートにメモした。
そんなこんな愉快な会話をしているうちにコンビニに辿り着く。
三人で中に入ると、レジにはちょうどやしまがいた。ルカやシランと顔馴染みのアルバイトだ。
「こんにちは、ルカちゃんにシランくん。それとアオハくんだったね」
「こんにちは」
三人は声を揃えて挨拶する。
「ちょうどよかった。今フライドポテト揚げたてだよ〜」
「本当ですか!!」
「……太るって」
「デリカシー」
と一通りの会話をしていると。
「からすなぜなくの」
ぼっ
「……えっ?」
ルカの耳にはやはり女声の"七つの子"が届き、直後にした発火音に顔を上げると。
やしまの顔が燃えていた。




