勒の章-3
図書館に着くとそこには何故かアオハがいた。シランがぴくんと眉を跳ねさせる。
「や」
「なんでいるのさ? 片倉」
「固いこと言うなよ、市瀬」
固いこと云々の前にお互いの呼び方をどうにかした方がいいと端で見ていたルカは思った。
ルカがアオハと知り合ったのはシランもまだ引き取られていなかった三年前のことであるが、シランはその頃には既にアオハと知り合いだったらしく、「こいつ、片倉」とかなり短い紹介をされたのをよく覚えている。友達なのかと思ったが、二人はお互いに苗字で呼び合い、よそよそしく感じられた。
仲が悪いというわけでもないようだが、ルカから見て小学生なのに他人行儀に苗字で呼び合う二人は同年代から一つ頭が飛び出て、大人びて見えた。
「お前、今日は学校のはずだろ?」
シランがアオハに突っ込む。確かにシランとルカの学校が臨時休校なだけであって、他校──ましてや他市の学校は普通にやっているはずである。
するとアオハは平然と言い放った。
「僕の学校、今日は開校記念日なんだ」
「嘘つけ」
シランに瞬時に看破されるが、アオハは懲りた様子もなく、「てへぺろ」などという始末。しかし台詞に似合わず、全く笑っていない。
けれどやはり普段は言いそうにない言動であったため、ルカはシランとアオハの関係性に更に疑問を持つ。ぐるぐるぐるぐる考えるのだが、考えても意味がないということにはなかなか気づけないルカである。
「まあ、言うなれば自主休校かな? 事件のこと聞いて、ルカとついでにシランのこと気になったからさ」
「ついでって酷いな」
あんまりと言えばあんまりなアオハの言い様にシランがげんなりする。
「ま、元々学校には毎年二月あたりから行かなくなってるし。親も学校も文句言わないからね」
「へぇっ!?」
あっさりと告げられた事実にルカが目を丸くする。
涼しげな顔でアオハが「ん?」と小首を傾げた。
「何かおかしかったかな?」
「おかしいわ、アホ」
「アホとは失礼な」
軽口を叩き合う二人にルカは目を白黒させるばかり。それに気づいてシランが口を開く。
「こいつ、優秀なの。超エリートで、エスカレーター式の私立校に通ってる。親もすごいんだぜ」
「親はどうでもいいだろ」
知らなかった。ルカは開いた口が塞がらず、呆気に取られた。
「でもルカもついでにシランも無事でよかった」
「口が減らない奴だな、アオハ。……ルカ、俺はこいつと話があるから、適当に本でも読んでて」
「おやおや、妙なところで気が合うね。僕も君と話したいことがあったんだ。表に出ようか。……というわけでルカ、待っててね」
「え、ああ、うん」
ルカが曖昧に返事をするうちに二人の姿は出入口の向こうに消えた。
「なんでいるのさ、なんてよく言うよ。自分で呼び出しといて」
外に出てルカの姿が見えない場所まで歩くと、アオハが不満げな眼差しをシランに向ける。シランは「悪いな」と口では言ったが、謝罪の意思は一切こもっていない。
アオハは気を悪くした風でもなく、ただシランから視線を外した。この程度でいがみ合うような仲でもない。
「それで、ルカにシラをきって隠し、僕を呼びつけるほどのことというと?」
「察しはついてるんだろ。……始まったんだ」
何が始まったのか。それをシランは口にしなかったが、アオハには伝わったらしい。神妙な面持ちで顎に手をやる。
黙り込むアオハにシランは続けて告げた。
「気づいたのはルカだ。現場で"七つの子"を聴いたらしい」
「……ルカが!?」
ここまで静かだったアオハの眼差しに動揺が走る。
シランは伏し目がちに呟いた。
「選ばれたんだよ、彼女が。この惨劇の、目撃者に……」
図書館前に咲き誇る紅梅が風に枝を揺らした。